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だだっ広い畳の部屋で、女性は焦りながら下を向いておむつをかえている。
柔らかそうなウェーブの髪が肩にかかり、困り果てた眉毛も、目も、垂れ下がっていて、とても詐欺を働くようにも見えなかった。

しかも、男に妊娠中に捨てられたような、そういった悲壮な影も全くない。
それでも本当に兄の子だと言いはるのか。


「名前は? 」

「賢次です」

「⋯⋯ 君の名前だ」

「はい? わたし? 」

「そう、子供の名はもうわかっている。賢斗の子供の賢次だろう。君の名前だ」

「あ、ゆりです? 宮前ゆ⋯⋯ りです」


自分の名前だろうに、言いにくそうに名乗った。本名じゃないなと秀斗は直感的に確信していた。


「いくつ? 」

「3ヶ月です」

「いや、だから君の年令だよ」

「あ⋯⋯ 23です」

「⋯⋯  」


23才。大学を卒業したばかりの年令だ。


「で、その子は兄の子だと? 」

「そうです! 」

「顔もわからないのに? 」

「! でも、彼の賢斗さんの子なんですよ? 」

「⋯⋯  」

「か、鑑定してもいいですよ? 」

「で、どうしたいんだ? 」


と聞いた時、彼女の顔に思い詰めた表情が浮かんだ。
まさに現実なんだ。
彼女は、こんなだ。
母親だか何だかは分からないが、子供の責任をなぜだか取らなくてはいけないのは確かなようだ。ものすごく困っているのは紛れもない事実なのだろうと、秀斗は思った。


「認知を⋯⋯  」


それから羞恥心でいたたまれないような表情をした。


「慰謝料をください」


とやっと言ってから、両手がぐっと握り込まれた。責任を逃げる男への怒りが伝わってきた。

沈黙が落ちる。
赤ちゃんの機嫌の良さそうな音だけがする。
ぱたぱたと手足を動かして、うぐうぐと手を見たりなめたり。

この子の将来を、彼女だけが担っているのだ。

不思議と秀斗は彼女の気持ちがすんなりと、赤ん坊を目の前にして、いとも自然に思えた。
彼女が誰であれ、赤ん坊のことを考えている事だけは分かるからだ。
彼女の表情は素直で、真っ直ぐに心に入ってくる。


「残念ながら、最近、兄の賢斗と連絡がつかないんだ」


と秀斗が言った。


「えっ? 」

「愛する女性にふられたと言い残して、そのまま半年以上連絡がつかない」

「お、奥さんに逃げられたの? 」

「は? 奥さん? 兄にそんなのはいないよ」