*夜桜の約束* ―春―

[2]サーカスと壁 〈N〉

 モモ達の勤める(たま)(その)サーカスは、定期的に全国を巡回している。

 この日はテントの設置作業も終わり、団員の移動も完了して、明日は設備の搬入作業、明後日の午前には公演が始まるという夕べだった。

 今でも花形とされるブランコ乗りの二人でさえ全ての業務に(たずさ)わるが、公演初日前夜は休むようにと(さと)されるので、決まってその前に夕食作りの順が回ってくるのが定番だ。

 家族持ちはそれぞれの車やコンテナハウスで我が家のように(くつろ)ぐが、独身組は何事も役割分担や係の順番がある。

 彼女達もそれに従い、台所と化した車内にて十数人ほどの食事を調理し始めていた。

「おい、凪徒……モモの奴、今夜はやけにご機嫌だよな?」

 鼻歌混じりにレタスを洗うモモの隣で、猫背になりながらキャベツを刻む凪徒。

 そうでもしないと車の天井に頭の付きそうな彼へ、暮はこっそり(ささや)いた。

「ん? 知るか。どうせまたこの町の桜が見られたから、みたいな単純なことだろ」

 暮がモモに関する質問を投げた時の、凪徒の反応は大抵こんな調子だ。


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