眠りにつくまで
一歩から万歩







「はい、榊原です…どうも…」

玲央にかかってきた電話が仕事ではなさそうだと思いながら新規契約書の精査をする。

「管理会社からだった」
「何て?」

張り紙を見た隣人から連絡があったので部屋に行ったらなかった…これまでに二度そういうことがあったが大丈夫か?という連絡らしい。

「管理会社への連絡は9時以降だろうから俺が回収したあとだったってことだな」
「隣人の目にもついて堪らないのでこちらで対処すると言っておいたが、聞いてみたんだよ。以前届けられた件はどうなりましたか、と」
「どうだって?」
「俺たちの読み通り訴状を無視したらしい」
「すぐにこっちも送った方がいいな。考えさせる前に送る」
「そうだな、中身を確認せず同じものが来たと思って無視すればとんでもないことになる」
「そうさせたい。光里はそんなことを求めていないだろうが俺はやる」
「聖に付き合う」

民事裁判では‘欠席裁判制度’が定められ被告が訴状を無視して出廷しなければ、原告の主張が裁判所に認められ、全面的に敗訴してしまう恐れがある。現実的には敗訴しても失う財産がない場合、裁判所からの呼び出しに応じずそのまま敗訴する被告も多い。だがこれは訴状の内容をよく理解した上での行動であり、刑事訴訟でなく民事だからいいだろうなどどいう安易な考えは危険だ。

被告が出頭せず答弁書も提出しなかった場合には、原告が訴状に書いた請求の原因を被告は認めたものとみなされる‘擬制自白’となる。もっとも、現実離れした訴えで擬制自白が成立すれば勝訴できるとは限らず、裁判所は原告に対し請求の原因に記載された事項について最小限の立証を求める。ここがポイントだ。逆に言えば‘最小限’の立証さえ行われれば、現実離れした内容でも被告が全面的に敗訴する可能性が大きいのだから。
< 254 / 325 >

この作品をシェア

pagetop