眠りにつくまで





「あぁ…お子さんとおられるのを見かけたことが…えっと…破水したみたいで…」
「大変…陣痛は?」
「まだ全く」
「でも病院ですよね…とにかく部屋まで送ります。着替えが必要でしょうから」

秋元さんは私の腕をそっと支えてエレベーターへ向かい一歩進む。病院では、陣痛前に破水することもあると説明を受けていたし、その時の対応も聞いていたが、今一人で部屋へ戻る間だけでももっと何かがあったらどうしようと思うから心強い。

「ありがとうございます」
「大丈夫ですよ。病院とご家族へ電話できますか?」

エレベーターの中で聞かれて頷く。そのまま玄関ドアを開けると

「お一人で大丈夫ですか?タクシーを呼ぶとか必要ならそれまでここにいますけど…先に破水することは珍しくないけど、赤ちゃんが外の世界と繋がってしまうので感染を防ぐ処置を急ぐと聞いていたので…病院はどちらですか?」
「…F病院です」
「私も同じでした。着替えておられる間に私が電話します。きっとすぐに来てと言われると思いますよ?フルネームを伺っても?」
「三鷹光里です…ご迷惑おかけしてすみません」
「いえ、ゆっくり着替えてきて下さいね」

秋元さんは玄関でスマホを取り出したので、もうお任せして着替えることにする。彼女が言う通り急いだ方がいい。

着替えて入院の荷物を持って玄関に行くと

「あっ、下ろして…荷物は持たないで」

そう言った秋元さんの電話が鳴り

「シュウさん、ごめん。ちょっと取り込み中…上の階の妊婦さんが破水しちゃって…まだ…ちょっと待って」
「ご家族へ連絡は?」
「まだです。彼のオフィスから帰って来るのを待つよりタクシーが早いと思うから…先にタクシーを呼びます」
「聞こえた?…うん、F病院…うん…ちょっと待って。三鷹さん、タクシーを待つ間に私たちが病院まで送りましょうか?乗ってもらえば近いのですぐですよ」

秋元さんご夫妻が私を送って下さることになった。
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