カッコウ ~改訂版

5


 大翔が小学校、悠翔が幼稚園に入る年。孝明は二人を連れて公園に行く。いつもと同じ土曜日。私は一人家事を片付ける。だいぶ暖かくなった2月の午前中。午後は買い物に行く予定だった。
 「ママ。大変。お兄ちゃんが自転車で転んで足をけがしたよ。」悠翔が走って私を呼びにくる。
 「どうしたの?パパは?」私は驚いて悠翔に問いかける。
 「お兄ちゃんを抱っこしてくるから。ママ病院に行く用意して。」悠翔の言葉に私は慌てて部屋を出る。
 「パパはどこ?」悠翔に聞くと
 「ママ、こっちだよ。」私は悠翔の手を引いて走り出す。向こうから大翔を抱いて歩いてくる孝明が見えた。
 「どうしたの?」私は二人に走り寄る。
 「自転車で倒れて。骨折しているかも。すぐ病院に連れて行こう。」孝明は心配そうに大翔の顔を見て私に言った。
 私は車を運転して、孝明は大翔を抱いたまま病院へ向かう。痛みに泣く大翔は孝明にしがみ付く。
 「大丈夫だよ。すぐ病院に着くからね。」と孝明は大翔の頭を撫でて言う。
 この時はまだ幸せだった。大翔の怪我だけが心配で。家族の心は一つだった。そのあとのことを誰も予想していなかった。春のはじめの、微かに梅が香る季節。穏やかな幸せはずっと続くと信じていた。家族みんなが。
 
 大翔の足は捻挫で。全治一週間という軽いものだった。ただ痛み止めを処方する為に採血をして検査を受ける。
 「先生、ついでに血液型も調べてもらえますか。この春から小学生なので。」怪我が軽くて安心した孝明が言う。私はハッとして医師を見た。どうか断って。“ここではできない”と言って。
 「いいですよ。では、検査の結果が出るまで外でお待ち下さい。」私の願いは届かずに、医師は快諾する。大翔を抱く孝明と一緒に診察室を出る私は、すべてが終わったと思った。
 孝明の血液型はO型で私はA型。二人の子供はA型かO型しか有り得ない。大翔はB型だった。私は産院で聞いていた。
 「赤ちゃんの血液型は変わることがあるから。4才を過ぎたら、もう一度検査して下さい。」と産科の医師に言われた。でも、変わることは稀で。ほとんどの子はそのままの血液型らしい。だから私は孝明に言えなかった。知っていたことさえも。
 すべてが崩れていく。今日の幸せな朝。今までの楽しかった日々。孝明との生活。4人家族。すべてが終わったと私は思った。
 このまま逃げ出したい。これから始まるすべてから。私の頭を今までの日々が駆け巡る。孝明の優しさ。温かさ。幸せな日々がグルグル回る。これからのことは、何も考えられない。考えたくない。想像もつかない。孝明が受ける傷。子供達のこれからの生活。どれほど責められても元には戻らない。
 私が無口に青ざめる中、診察室から呼ばれる。
 「佐山大翔くん。」私は刑の宣告を受けるように、孝明の後に付いて診察室に入っていった。
 「大翔君はB型ですね。」医師の言葉に孝明は怪訝な顔で聞き返す。
 「えっ。B型ですか?」そう言って私の方を見る孝明。私の蒼ざめた硬い表情から孝明は何かを感じたのだろう。それ以上、医師には問わずに診察室を出た。皮肉にも大翔は孝明に抱かれたままだった。





 




 
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