私を、甘えさせてください
「知っててくれたんですね。来週からよろしく」


来週着任予定の人事本部長だと、名前だけは常務に聞いていた。

でも、まさかこんなところで会うなんて・・・・。


「はい、折りたたみ傘。それとも、こっちの長い傘に一緒に入りますか?」

「いえ、それは・・。折りたたみ傘、お借りします」


私は折りたたみ傘を受け取りつつ、もう一度、未来の上司と目を合わせた。


「本部長にしちゃ随分と若いな・・って、永田さんの顔に書いてある」

「そ、そんなこと・・・・」

「同い歳らしいから、仲良くやろうよ。じゃ、また来週」


そう言うと、先に店を出て駅に向かって歩いて行った。


私も店を出て、借りた傘を差しながら離れていく後ろ姿を眺める。

まさか、同じ年齢だとは思わなかった。

他部門の本部長は、そのほとんどがアラフィフだったから。


空川 拓真(たくま)。

光沢のある生地で仕立てられた、高級感のあるスーツ。
主張はしないけれど、見間違えようのないハイブランドのビジネスバッグと靴。

その出立ちに違わぬ、高い役職。

顔は濃過ぎない涼やかな印象で、声はあまり高くなく耳に残る音で・・。


どうしてだろう。
一瞬で思い出せる自分に驚く。

まさか、一目惚れでもしたの・・・・?


ふふっ、と他人事のように小さく笑う。

でもどうせ、既婚者か彼女持ち。


いつも通りアタマを整理をして、借りた傘とともにオフィスに戻った。

< 3 / 102 >

この作品をシェア

pagetop