くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?

魔王様と初売りに行こう

*時期は三が日です。

「あれー? 山田先輩お久しぶりです~」

 初売り商戦真っ只中のデパートの、これまた混み合うトイレからやっとの事で出てエレベーターホールへ向かう途中、聞き覚えのある女性の声に理子はハッとして顔を上げた。

 無視しても良かったが彼女の前を通らなければならないため、駆け足状態の足を渋々止めて振り返った先には……

 去年、理子が退職した職場の元後輩、高木さんが若い男性と手を繋いで立っていた。

 高木さんは、上司との不倫の末に奥さんが職場へ乗り込み修羅場になって退職したといった経緯もあり、退職直前まで上司と一緒になって理子に仕事を押し付けていたのだ。

 既に自分も職場は退職したし、今となっては魔王様との仲が深まったきっかけになってくれて精神的に鍛えられたよなと、前向きに思っている。
 でも、その時は心身ともに追い詰められていて、退職を考えるまでだったのは事実だし、いくら吹っ切れたとはいえ、プライベートで会うのは全力で遠慮したい相手だった。


「今日はねぇ、彼氏と福袋を買いに来たんですよぉ。ダー、前の職場の先輩だよっ」

 こちらの気持ちを考えてもいないのか、高木さんは満面の笑みを浮かべて駆け寄って来た。

 “ダー”と呼ばれた髪を染めた短髪で今時なお洒落な彼氏君は、苦笑いを浮かべながら軽く会釈をする。
 彼の手には、高木さんの買い物した物だろうカラフルな色の大きな紙袋が握られていた。

 端からは見れば、二人は幸せいっぱいの若いカップルに見える。

(彼氏君は、高木さんの修羅場を知っていて付き合っているのかな? 知っていたら、私は嫌だけど彼は気にならないのかな?)

 以前、彼女に襲い掛かられた事を思い出したせいか、理子は二人を生暖かい目で見てしまった。

「今日は先輩も買い物なんですかー? まさか初売りに一人、じゃ無いですよねぇ? 私ぃ色々あったけど、格好いい彼氏と出逢えたから良かったって思っているんですよぉ」
「そっか、良かったね。ごめん、ゆっくり話したいけど人を待たしているから……」

 待たせている相手は、初売りセール中のデパートの買い物客の多さと、空調がよく効いた店内の暑さにかなり不機嫌になっていたから、これ以上待たせるのは得策では無かった。

「えー、辞めるときにあまり話せなかったんだからもう少し話しません? トイレが混んでいるとか連絡してさぁ。それか、お連れさんも呼んで話しましょうよ」

 適当に話を切り上げて、彼のご機嫌をとらなきゃならないのに高木さんの話は止まりそうにない。
 走って逃げるのもそれはそれで面倒な事になりそうだし、どうしたものか。



「……何をしている?」

 トイレへ行ったきりなかなか戻って来ない自分を探しに来たのだろう、ベンチで待っていてもらったシルヴァリスが此方へ向かって来た。

 高木さんと彼氏君は、突然現れたシルヴァリスに目を丸くする。

 それはそうだ。長身で均整のとれた体躯に整った顔立ち、アッシュグレーの髪と明るい茶色の瞳をしたシルヴァリスは、とても目立つ。
 黒いコートを羽織った姿は一見すると日本人離れをした、北欧の色素が薄い男性モデルのようだ。

 しかし、此方の世界の人に擬態した色合いにしていても、外見は銀髪と深紅の瞳の色合い以外は、そのままという人外の美貌。
目立たないように気配は抑えていたとしても、慣れていないと近くに来た相手が二度見するくらいの衝撃を受ける。

 しかも、大分待たせてしまったからコートのポケットに片手を突っ込んで眉間に皺を寄せての苛立ち混じり。
 そんな彼が、突然話し掛けてきたのだから、高木さんも驚いたようだ。

 不機嫌でも自分を探しに来てくれた事と、先程買った服が入った紙袋を忘れずに持って来てくれたのを確認して、安堵した理子は笑みを向けた。



「えっと……まさか、先輩の彼氏さん?」
「彼氏…?」

 困惑顔の理子と、話し相手の高木さんの表情から状況を悟ったシルヴァリスは、クツリ、と喉を鳴らす。

「否、リコの夫だが、妻に何か?」

 シルヴァリスの姿を見慣れている自分でもドキリとする柔らかい笑みを向けられ、一瞬彼に見惚れてしまった。
 腰に手を回し自然な動作で引き寄せられてやっと我に返ると、一気に顔に熱が集中する。

「あ、え、実は最近結婚して、会社も退職したの。旦那様の住む国で暮らしているんだけど、今はお正月だから日本に帰って来てて……」
「全く、俺の妻は久々の帰郷に喜んで夫を忘れるとは、本当につれないな」

 下ろしたままの髪を、一房人差し指に絡めるように掬い取るとシルヴァリスは愛おしそうに髪に口付ける。

 いくらフロアの端にあるエレベーターホールとはいえ数人の人はいるのだ。

「も、もぅっ」

 物凄く恥ずかしくなってきて、髪を絡めているシルヴァリスの手を取った。

「もー! 先輩ったらぁ!」

 甘い雰囲気に入りかけていた理子とシルヴァリスの前へ、頬を膨らました高木さんがやって来ると上目遣いに二人を見た。
< 150 / 153 >

この作品をシェア

pagetop