見つけた。こんなとこに居たのか。急にいなくなったもんだから、驚いた。
 梶山が彼女のいる海辺へと砂浜に足を取られながら近付いていくと、彼女がこちらを振り向く。泣いていたのか、目が赤い。
 風に煽られ、彼女の制服スカートとブレザーの代わりに着ているであろうグレーパーカーがたなびく。
「先生……」
「水瀬、急にいなくなるのはやめてくれ、心臓に悪い」
「すみません……、鈴夏が最期だと思うと居られなくて」
 彼女は薄い手袋をして花を持っていた。白い花だ。燃えているようだが。
「それ、なんの花だ?」
 彼女はちらっと、燃えている花を見て呟く。
「鈴蘭です。あの娘の頼みだったので……」
 鈴蘭か。いつだったか、確かに好き、といっていた様な気がする。いつの間に見つけたのか。
「そうか、安川が」
「先生、……効くと思いますか」
「正直なところ、分からん。今のところは特に変化はなかったが……」
「そう、ですよね」
 そう言うと、水瀬は涼しい海風の中、海へと花を一つ一つ散らしていく。
 梶山は、ただ見つめているしか出来なかった。
 やがて、水瀬の手から鈴蘭がなくなる。
 ぐしっとパーカーの袖で涙を拭いた彼女は、こっちを向いて、強く言った。
「戻りましょう、先生」
 彼女は、見る覚悟が出来たようだった。
 
 梶山が先導するようにして、先程までいた海辺から直接入れるホスピタル、そこに入っていく。散々に逃げ込んだ先であるここもこれが終わったら移動したほうが良いだろう。物資が多いと言え、ここは彼らの人数が多すぎる。
 ホスピタル内は薄暗くガランとしており、物が散乱していた。その割には人は全くいない。吹き抜けのロビーは風通しが良さそうだが、その寂しさを一層増していた。
 ――歩く度、二人が身につけている鈴の音が鳴る。チリン、チリンと。梶山も水瀬も、この音を決して絶やしてはならないことをよく知っていた。音がなる度、暗闇の向こうからナニカが蠢くよう感覚を覚えるからだ。彼らが確実にいる。
 電気が止まっている今、エレベーターは使えず、梶山達は吹き抜けのロビーにあった階段を一段一段、薄暗い中をそれぞれ電灯ライトを付けて進んでいく。
 この小型の電灯ライトもすっかり手放せなくなってしまった。
 ――未だに、暗闇を歩くには抵抗がある。夜はすっかり彼らの時間になってしまったのだ。

 ようやく着いたか。
 一番上の階に到着すると、他の階と変わらず、がらんとした広々とした空間が現れる。
 廊下を進んでいくと、コツコツと梶山達の歩く音だけが響いてくる。階段近くの広々としたナースステーションらしき場所には、やはり人は居らず、ただただ、物が散乱していた。
 廊下奥には本当はVIP専用の個室なのだろう。木製の両扉があった。
 中に入ると、豪奢な作りの部屋に、一人で入院するにはやたらと大きなベッドが置かれている。
 ベッド脇の壁全体が窓であるが、ベッドにだけ影が差すようにして、カーテンが閉まっていた。そのせいで少々薄暗い。
「……やっぱり進行は止められないんでしょうか?」
 ベッドを挟んでカーテン側に回った水瀬が言う。そこに寝ている様に見える少女――安川を見つめながら。
「難しいだろうな」
 今までの経験則から、それは水瀬もよく分かっているはずだ。
 安川は全身包帯だらけであった。医療器具の使い方も分からないただの数学教師である俺と、その生徒である彼女では、ただただ、見ているしか出来ない。
 もしもの時に、きっちり殺すことしか。
 すでに亡くなっている彼女に二度目の死を与えるということを。
 ……あぁ、駄目か。死んでいるはずなのに、もう末端が動き始め、痙攣している。
「……拘束具はきちんと着けたよな」
「うん、鈴夏がするように言ったから」
 ビクン、と安川の身体が跳ね上がる。
「始まったか……」
「やっぱり、駄目なんだね」
 水瀬の声は悲壮に溢れていた。
 獣のような声が安川の口から漏れ出て、……咆哮する。
 身体をしならせ、全身で何かに対抗している。ばたばたと拘束具を破りそうな勢いで暴れるが、やがて声がしなくなると大人しくなっていった。
 しかし、見た目はほぼそのままなのに、死んだはずの心臓が異様に早く動いるのが、包帯の上からでも分かる。
「鈴夏、ごめん。今度こそ、ちゃんと……」
 そう言うと水瀬は後ろを向いて締め切ったカーテンのもとに行くと、一気に開け放った。
 外は快晴だった。青空が見える。 日光は人間にとっては気持ちのいいものだ。――ただ、もうこの娘にとっては違う。
 安川の包帯で覆われていない部分――日差しに照らされれた肌は、赤みをまし途端に焼けただれ始めていく。
 相当痛いのだろう、先程よりも悲痛に聞こえる咆哮が室内に響き渡る。
 焼けただれた肌は、やがて黒ずみ始め、ボロボロと灰になっていった。
 それは包帯越しであっても例外ではなく、時間差でそれがやがて全身に回り始める。
 声が聞こえなくなった頃には、もう、姿はなく、灰のみが残っていた。
 水瀬はそれをじっと涙目で見つめていた。唇を噛み締め、焼き付けるように。
 水瀬の幸せがまた、亡くなった。

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