策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
第五章 固い決意
 体が、いくつあっても足りないほど忙しかった四月から六月を乗り切り、狂犬病ワクチン予防注射も少なくなってきた七月のある日。

 街中が、西日で赤みを帯びた黄色に染まってきたころ。

 日課になっている、待合室のブラインドを閉じて光の調整をした。
 日当たりがよくて、暑いし眩しいし夏真っ盛り。

 スタッフステーションも、穏やかなゆったりとした時間が流れていて、院長や卯波先生といっしょに勉強中。
 
 自分の足音に追われるように歩く坂さんが、受付からやって来て、院長と卯波先生が同時に立ち上がり、坂さんのもとへ急いで説明を聞いている。
 
 すぐに院長が診察室に入り、坂さんがオーナーに診察室へと案内する。

 ただ事ではない様子に、卯波先生からは薬棚の前で待機の指示が飛ぶ。

「三人分のマスクとオペ用手袋を準備して」
「はい」
 それを準備するって感染症の疑いがある?

 卯波先生が患畜の説明をしてくれる。

 新規の子で宮村フキ、生後一ヶ月半のMダックスの男の子。
 購入先はペットショップで、昨日迎え入れたばかりの子なんだって。

 食欲はあるけれど、夜になってお腹が下ったそうで、坂さん曰く、オーナーに聞いた色はパルボ独特の色だったそう。

 環境に慣れないせいかと思ったけれど、心配で連れて来たって。

「心配性のオーナーでよかった」
 卯波先生が少し胸を撫で下ろしている。

「ただ、パルボは非常に感染力が強いから、他の患畜に感染するのを防ぐために、治療を断る動物病院もあるほど恐ろしい病だ」

 マスクをして、オペ用手袋の手首側の隙間に息を吹きかけ、しなやかに手袋を装着した卯波先生の言葉に、私の口はなにも考えずに喋り出した。

「でも、この子は早期発見ですよね」
「まだなんとも言えない」

「早期治療と犬の体力があれば、完治する可能性が高くなりますよね? 生きられますよね?」

「治すために治療をしているんだ」
 なに言ってんだって、呆れられてしまった。

 それもそうだよね、生かすための治療なのに。
 深く反省。

「可能性に賭けて、小さな命を救うことに最大限の力を尽くし、日々懸命に努力をしている」

 気持ちが収まらない卯波先生が、私にもおなじ心構えを植えつけようと訴えかけてくる。

 秒と戦い一分一秒を争う急患に、うろたえて動揺してしまい、ついおかしなことを質問してしまって申し訳なく思う。
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