策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 朝が夜を追い出し、加速度を増して明るくなってくるのを眺めていたら、私の心も加速度を増して、抑えきれずに胸が高鳴り始める。

 十一時近くになったら、そわそわ落ち着きがなくなって、檻の中の虎みたいに部屋の中をうろちょろ行ったり来たり。

 あああ、どうしよう、もうそろそろ卯波先生が迎えに来る。
 髪型はオーケー? 真っ白のワンピースには淡い空色の差し色、これ気に入っているの。

 いいよね、鏡の前でくるりと回転して裾の広がりを確認。可愛いかも、なんてね。

 ピンポ──ン

 逸る気持ちとは正反対に、間延びするチャイムの音に、走って玄関のドアを開け放つ。

「おはよう、早かったな。レンガのような赤い顔をして、猛獣にでも追われて出て来たのか?」
「おはようございます」

 恥ずかしさと新鮮さで、卯波先生のジョークらしいのには返せない。
 先走る気持ちに余裕はない。

「初めて見るものを見たように見入って」

 仕立てのいいネイビーのスラックスに、茶色の革靴が品がよくて、頭のてっぺんから爪先まで舐めるように視線を這わせる。

「どうして」
 軽い微笑を右の頬だけに浮かべる卯波先生を尻目に、なぜだか出てきた言葉は、どうしてだった。

「さあ、セリフを取られた俺は、なんと言えばいい?」

 無造作に袖が捲り上げてある、真っ白なシャツから伸びる両腕を、八の字に広げた卯波先生が肩をすぼめた。

 ため息みたいに呟いて、眉間にしわを寄らせて、当惑した笑顔までかっこいい。

 爽やかな初夏の風が街中を吹き渡る中、軽い微笑を右の頬だけに浮かべる卯波先生。

「行こう」

 また卯波先生と、こうして出かけられるなんて嘘みたい。喜びに胸踊らせる。

「今日は花散策をしたあとは、うちに行く」
「マンションですね」
「実家だ」
「ご実家ですって!?」

 私の足は急ブレーキみたいに止まり、卯波先生を仰ぎ見れば冷静な顔。
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