策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
第八章 戸和先生は焼きもちの素
 カタカタとリズムよくパソコンのキーを叩く音が聞こえてくる。
 最近の院長は、時間を作ってはセミナーの資料作成をしている。

「おはようございます」
「おはよう、浮かない顔して、なにかあったのか?」
 朝イチから浮かない表情してたらダメだよね。

「卯波先生、ご多忙で、ここずっとずっと逢えてないんです」
「ここずっとって?」
「二ヶ月です。時期が時期ですし仕方ないですよね」

 ただでさえ大忙しの春。おまけに患畜の夜間急患が入ったり徹夜もある。

 定期的にでは、アニマーリアに転院させたり、これから転院させる患畜に関する打ち合わせもある。

 それに、日帰りや泊まりでの学会やセミナーや勉強会も、相変わらず参加している。

 理屈ではわかっているの。でも、心は恋しくなるものでしょう。

「そっか、あいつも頑張っているとはいえ寂しいな」
 卯波先生の仕事の大変さを十分に理解している私を、いつも院長は優しく受け止めてくれる。

「動物の命をあずかってるから、簡単には抜け出せないですもんね」

「できるだけ早くプレーゴに行かせるように努めるよ」
「いえいえ、こんな私の都合でダメです」

 院長は平気な顔をしているけれど、卯波先生が抜けた穴は大きいと思う。

 いくら卯波先生のことが好きでも、今の状況でラゴムを去るなんて出来ない。

「私を、まだラゴムに置いてください」
「ありがとう、もう少しラゴムの一員で支えてくれ」

 返事のしるしに頷く私を見て安心したのか、院長が再びパソコンの画面に視線を移した。

「ん?」
 院長の声と同時に、リズムよく聞こえていたパソコンのキーボードの音が止まった。

 なにか文章を読んでいるのか、マウスがリズムよく動き始める。
 ものの数分でパソコン画面から顔を上げた院長が、受付にいる坂さんを呼んだ。

「いよいよ、臨時の先生が明後日来るぞ」
 なんとなく坂さんも情報を知っていたのか、安心した表情を浮かべている。

戸和(とわ)先生、やっとオーストラリアから帰国されたんですね」

 なんでも、日本人で獣医師であるお父様とオーストラリア人で産業動物獣医師のお母様が、戸和先生が幼少期に離婚したんだそう。

 お母様は幼い戸和先生を引き取り、オーストラリアに住んでいるんだって。

 オーストラリアで獣医学科で学んで獣医師になって、約ニ十年ぶりに日本に来たそう。

「坂さんも戸和先生をご存知なんですか?」
「院長から、お話をうかがっていたのよ、家畜分野のトップって」

「で、動物病院ですか。どこをどうして小動物臨床に?」
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