策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
第三章 バレていた特別な想い
 今日はレクのことがあって、サニーのお散歩は後回しになってしまった。

 生き物相手の仕事だから、予定通りに物事が進まないことは日常茶飯事。

 サニーに給餌して、着替えてスタッフステーションに行くと、清潔感あふれる私服姿の卯波先生がいた。

 文献に注がれる熱心な瞳は、強烈な集中力で深く読み込んでいるみたいで、私に気づかない。

 椅子の背もたれに背中を押しつけるようにして、すらりと長い足を優雅に組み、ゆったりと座っている。

 まさに、それは貴公子然とした気品がある静かな佇まいで、息を飲むような美しさ。

「お疲れ様です」
「なにをやっていたんだ、帰ったんじゃなかったのか」

 卯波先生の目は瞬きも忘れ、ばたんと文献を閉じて、体は反射的のように、俊敏に椅子から立ち上がった。

 うっとりするような上品な優雅さが一瞬で消えちゃった。そんなに声を荒げなくても。

「院長は?」
「もうとっくに帰った」

「さっきのレクので、サニーのお散歩が後回しになっちゃいました」

「なっちゃいましたじゃない。薄暗い中、ひとりで散歩なんて無用心だ。なぜ、俺に言わない」

「まあ落ち着いてください。今、座ってたようにリラックスして」

 私の言葉に、言いかけた言葉を理性がクールダウンさせて飲み込ませたみたい。
 卯波先生が大きな息を吐く。

「座ってください」
 素直に座る卯波先生の斜め前に座った。

「心配させるな、迷子になったらどうするんだ」
 迷子になりようがないほど毎日散歩して、道はとっくに覚えたのに、まだ心配なの?

「なにがおかしい」
「心配性」
「やや抜け気味だから心配なんだ」

 やや抜け気味って、その微妙な加減がリアルな表現で、胸をチクリとやられる。

 それを卯波先生は真顔で淡々と言うから、よけいに響く。

「遅い散歩は、もうひとりで行かないか?」
「卯波先生って、絶対に弟さんがいらっしゃる長男ですよね」

「行かないか返事は?」
「はい。長男?」
「だから?」
「口うるさいから」
 無愛想な顔が目を横に流して、ちらりと見てくる。

「それより、お腹すきませんか?」
「おい」
 力ない声で顔の半分を歪ませ、明後日の方向を見てしまった。

 呆れちゃったかな。仕方ない、お腹ぺこぺこなんだもん。

「そろそろ行くか」
 なんか普通に当たり前のように、いつも行ってることみたいに言ってくる。どこに?

「初めて誘われました、ご飯を食べにですね」
「俺の家」
 いつも行っているみたいに、さも当然って感じ。

「卯波先生の家に。どうしてですか、ごはん?」
「夕食なら食べさせてやる」
 お腹すいたよ、ぺこぺこ。

「どうして卯波先生の家?」
「きみには断る理由がないからだ、来い」

 あれよあれよという間に、二人分の荷物を左手で軽々と持って、卯波先生が歩き出す。

「ちょ、ちょっと」
「いいから来い」
 歩調は滑らかで迷いがない。また震えてきた。
 だって卯波先生が。
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