白い結婚なので離縁を決意したら、夫との溺愛生活に突入していました。いつから夫の最愛の人になったのかわかりません!

妻は来客に困惑する

フィルベルド様の腕の中で星空を見て、私はそのまま寝てしまっていた。
天体鑑賞に安眠効果があるのか、フィルベルド様の腕の中が心地良かったのか……どちらかはわからないけど、目が覚めるとイクセルに借りている小さな家のベッドの上だった。

それだけで青ざめる出来事なのに、フィルベルド様の寝姿を見ると、ますます青ざめた。

私にベッドを譲り、彼は小さなソファーで寝ていたのだ。とても大人が眠れる大きさではないどころか、フィルベルド様は背が高い。ソファーから飛び出した足を見ると、頭を押さえダメ妻だと凹んでしまう。

でも、慌てて謝る私にフィルベルド様は怒るそぶりもなかった。

「ディアナをソファーで寝かせるわけにはいかない……それに、無理強いはしないと言ったはずだ。ディアナのためならいくらでも待てるから気にするな」
「すみません……」

そう言って、側にしゃがみ込んでいる私の頭を撫でた。
夫婦なら、一緒に寝ても問題もないのにフィルベルド様は、まだ一緒に寝ることさえ出来ない私を攻めることもなくて、その優しさに落ちこんでしまう。

「……6年は長い。ディアナがすぐに受け入れられないのは当然だ」
「……せめて、お茶ぐらいは入れさせてください」

まだ夫婦として受け入れられない私は、何かしなければと思い、そう言うと彼はそれさえも喜んでくれる。

そんな優しいフィルベルド様との初めての朝帰りに、オスカーは驚きもしない。
フィルベルド様が一緒だから、問題はないと安心していたようだ。

そして、フィルベルド様とデートをして数日。

あの小さな家から刺しゅう道具を持ってきており、それを使いこの数日ずっとハンカチにフィルベルド様のイニシャルを刺しゅうしていた。

何をお礼にすればいいのかわからず、再会してからハンカチを渡した時は感無量になっていたから、昔作った刺しゅうではなく新しいハンカチを渡そうと考えてのことだった。

「……ハンカチなら、フィルベルド様もおかしくなることは無いわよね」

これなら、フィルベルド様に気苦労をかけないはず。そう思い刺しゅうを完成させた。

____コンコン。

「奥様。お客様です」

扉を叩く音がして、オスカーがそう言う。お客様は、帽子を目深に被ったクレイグ殿下だった。

「あの……どうして?」
「今度お礼をすると言っただろう? ディアナに王都で人気の菓子店のケーキを持って来たんだ。一緒に食べてくれないか? 男一人でたべるのも味気ないし……」

ケーキを差し出されて、わざわざお礼を私に来るなんてよっぽど暇なのだろうか? と思う。
でも、クレイグ殿下に差し出されたケーキを断るなんて無礼なことは出来ず、受け取りオスカーにすぐに切り分けてくるように渡した。オスカーは、すぐにお持ちしますと、お茶の準備をしに部屋を退出した。

「居間か、書斎にご案内いたしますね」
「ここでいいよ。ディアナとは友達だろう?」
「いつからですか……。殿下が急に来られたら邸の皆が驚きますし、準備ぐらいはさせてください」
「忍びで来ているから、皆には殿下と言わないでくれないか? ディアナの友人と執事には伝えたんだ」
「それで、目深の帽子を被っているんですか?」
「そうだね……殿下の顔なんか間近で見たことのある使用人なんていないから、ディアナがバラさなければ誰にもわからないだろうね」

笑いを含みながら、クレイグ殿下がそう言い、部屋に視線を移されると一人掛けのソファーと小さなラウンドテーブルの上の刺しゅうが目に入り、刺しゅうをしていたことに気付かれる。

「アクスウィス公爵家の家紋にフィルベルドのイニシャルか。私は、未だもらったことが無いな。私にも作ってくれないかい?」
「私が作る理由が見当たらないのですけど……」
「君は、身も蓋もないね」

そう言われても、私は刺しゅうのプロではないし、とてもじゃないが殿下に仕事として頼まれてもやるような腕前ではない。

刺しゅうの話題を終わらせたくて、刺しゅう道具を片付ける。
出来上がったハンカチは、引き出しに入れようとすると、今度はキャビネットの上の箱が目に付いたようだった。

「珍しい装飾だね……アンティークかい? 魔法の箱にも見えるが……」
「お母様の形見になりますかね? 最近、見付かったんです」

フィルベルド様が、スウェル子爵家から徴収してきたからだけど。

「中の字も何を書いてあるかわかりませんから、ただの小箱ですよ」

中を開けて字を確認するように、クレイグ殿下は見ている。

「……何て書いてあるんだい?」
「それが、よくわからないのですよ」
「……古代文字なら、私は少々勉強してきているから読めるかもしれないよ……もし、母上からの伝言なら、中々ロマンがあると思わないかい?」

伝言するほどの長い文字には見えないから違うと思う。しかし、古代文字か……。
フィルベルド様にお聞きすればわかるのだろうか?

「伝言というほどの文字ではありませんし、これは、そんな高価なものではありませんのでそんなところに伝言なんか残さないと思いますよ。ただのデザインじゃないですか?」
「そうかな……?」
「そうですよ。そろそろお茶が来ますから、どうぞおかけになってください」
「そうだねぇ……」

パタンと箱の蓋を閉じてキャビネットの上に戻すと、クレイグ殿下がこちらを見て話してくる。いつも飄々とした雰囲気だが、少しだけ引き締まった目になっている。

「ねぇ……ディアナ」
「何でしょうか?」
「私の後宮に来ないかい? 君を迎え入れたいんだ」

……いきなり何を言われているのかわからず、数秒身体が固まる。

「何故私が……? 私にはフィルベルド様が……」
「フィルベルドが好きなのかい? でも、彼は君を6年も放置していたよね? フィルベルドがいなかった夜会では、酷い噂の的だったのだろう?」

そう言われると、挑発するような物言いに胸がカァッとした。

「あれは、色々誤解があっただけです。私は、恨んでもいません。フィルベルド様には、悪いところなんてありません!」
「そうかな……彼は随分女性に人気だし、今も結婚の申し込みはあるみたいだね」
「……そんなことを言われても、後宮にはいきませんよ。そもそも、私が行く理由はないのですよ。既婚者は妃にはなれません。変なことをいわないでくださいね」
「妃にはなれなくても、後宮には入れるけどね……」

ニコリと笑うクレイグ殿下がわからなくて困惑する。

「……ケーキを食べてたら、どうかお帰りください」
「今日はそうしようかな」

そう言って、クレイグ殿下はソファーに腰を下ろすと、タイミングよくオスカーがお茶を持って入って来た。

「オスカー。ありがとう。こちらはお忙しいようで、お茶をお飲みになればお帰りになるわ。お客様を待たせないように、オスカーもここにいてちょうだい」

オスカーは、「かしこまりました」と言って、この部屋に控えてくれていた。




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