白い結婚なので離縁を決意したら、夫との溺愛生活に突入していました。いつから夫の最愛の人になったのかわかりません!

妻と幼馴染と第一殿下

「そう言えば、イクセルはこれが何て書いてあるかわかる?」

バッグの中から、あの魔法の箱の蓋の内側に記されていた文字をメモしてきたものを見せた。

「……古代文字か? 俺に読めるわけないだろ。王立図書館とか行けばわかるかも知れないけど……」
「刺しゅうも終わったし、今度行ってみようかな……」

王立図書館は少し遠いけど……今なら、邸に馬車があるから、辻馬車を拾って行くことは無い。
ミリアを誘って行こうかな、と思っていると、イクセルは話を続けている。

「急ぐなら、うちの鑑定師に見せようか? 魔法を使う人なら古代文字を修得している人間は多いからわかるかもしれないぞ」
「……なら、やっぱりフィルベルド様もわかるかしら?」
「フィルベルド様も魔法を?」
「離縁状を一瞬で燃やしたわ……」
「燃や……そんなものを出すなよ」

呆れたようにイクセルが言う。

「フィルベルド様なら、ディアナに頼まれれば喜ぶんじゃないのか?」
「でも、フィルベルド様は何も言わないけど忙しそうなのよ。今も無理して邸に帰って来ているのが何となくわかるの。……きっと6年も帰って来れなかったことをずっと気にしているんだわ」

そう思うと、こんな仕事と関係ないことで煩わせたくなかった。

コンコン____。

「イ、イクセル様。お客様です!」

イクセルの執事が、緊張を隠せない様子で声をかけて部屋の扉を開けた。

「どうした? どなたが来られたんだ?」
「そ、それが……!」

いつも落ち着いているイクセルの執事の様子に飲んでいたお茶のカップを置くと、執事の後ろから、人影が現れた。

「私だよ。ディアナ。迎えに来たんだ」
「クレイグ殿下? 迎え?」

クレイグ殿下が、脇に避けた執事の前を通り過ぎ、私に近づいて来た。
イクセルは、いきなりやって来たクレイグ殿下に困惑している。

「クレイグ殿下がどうしてここに?」
「友人のイクセルだね。いきなり来て悪いね。ディアナを迎えに来ただけだから」

そう言って、ニコリとする様子が不気味にさえ見えた。

「ディアナ。君を私の後宮に入れたいといったはずだよ」
「あれは冗談じゃ……それに、後宮はお断りしたはずです。イクセルの邸にまで急に来るなんて……」
「それが? 私が、ディアナを後宮に連れて行くと決めたんだ。一応は君の意志も聞いたけど、どっちでも良かったかな? 私には、連れて行かない選択肢はないのだから」
「何を言って……」

本当に連れて行かれるのかと思うと、近づいてくるクレイグ殿下から少しずつ後ずさりをした。
そのクレイグ殿下から私を庇うようにイクセルが間に入って来た。

「恐れながらクレイグ殿下。後宮とはどういうことですか? 後宮に入ることはアクスウィス公爵家はご存知なのですか? フィルベルド様は、本日は街から出ていると伺っています。ですから、」
「だから? ……邪魔はしないでくれないかい?」

クレイグ殿下の顔が冷たくなり、私とイクセルはぞっとした。

「控えてくれないのかい?」
「……ディアナが怖がっています。どうぞ一度フィルベルド様にお話をさせてください。どうか、今日のところは……」

クレイグ殿下の様子に怯えてしまった私を庇い、イクセルがそう言った。

その瞬間、クレイグ殿下が手を払うと一瞬で火の弾が現れてイクセルは、悲鳴を上げる間もなく横に吹き飛ばされた。クレイグ殿下が火の魔法を使ったのだ。
キャビネットに叩きつけられたイクセルは、火の弾を受けた胸を鷲掴みにして苦悶表情でクレイグ殿下を睨みつけている。

「っ!? イクセル!! クレイグ殿下! 何をなさるんですか!!」
「邪魔しないで、といったはずだよ。さぁ、ディアナ。行こう」
「行きません!! イクセル! 大丈夫!?」

イクセルの側に駆け寄ろうとすると、クレイグ殿下の腕がお腹に回されて彼に近づけない。

「離してください!! イクセル!! イクセル! しっかりして!!」
「……っ衛兵を呼んで来い!! 殿下のご乱心だ!!」
「は、はいっ!! す、すぐに!!」

イクセルがそう叫ぶと、腰を抜かしそうな様子で扉の側にいた執事が慌てて部屋から飛び出した。

「ディアナを返してください! 彼女は次期アクスウィス公爵夫人ですよ! フィルベルド様の留守中に勝手に連れて行くなど認められません!!」

胸を押さえて痛みに耐えながら起き上がったイクセルは、必死で訴えたけどクレイグ殿下は止まることはなく私を連れて部屋を出て行こうとしている。

「クレイグ殿下! 離してください! イクセルの手当てをしないと!!」

クレイグ殿下に捕まった腕でもがいていると、彼の指が私の額を捉えた。
静かな物言いが、ますます不気味に感じる。何をされるのかわからなくて、それは恐怖にさえ思えて顔が青ざめた。

「私は、力がないんだよ。これ以上暴れないでくれないかい」
「や、やめて!!」
「やめてください、殿下!! ディアナ!!」

そう言って、コンと指で額を突かれると一瞬で意識が途絶えた。







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