白い結婚なので離縁を決意したら、夫との溺愛生活に突入していました。いつから夫の最愛の人になったのかわかりません!

待つ理由はないので帰ります

2年前。スウェル子爵だった両親が馬車の事故で他界した。

私は、すでに顔もおぼろげな夫フィルベルド様と結婚していたから、予定通りにスウェル子爵の爵位も邸も親戚である叔父さまが継いだ。

そのため、私は邸を出ることになった。
私はもう結婚していたから、親戚が継いだスウェル子爵家にいる理由がなくて、夫のいるはずのアクスウィス公爵家に私は行くべきなのだ。
そして、夫から使いが来て、私に王都の屋敷を用意された。
街はずれの小さな屋敷だった。でも、行くところのない私には充分なものだった。

でも、夫は一度も姿を現わさない。

元々スウェル子爵家は裕福な家庭ではない。夫であるフィルベルド様のアクスウィス公爵家がお金を援助してくれていたからやってこれているのだ。

そのスウェル子爵家への援助は続いているだろうし、アクスウィス公爵家の援助のおかげでハーブや薬草を取り扱っている商会は上手くいっており、以前よりも余裕ができるまでになっていた。
お父様の跡を継いだ叔父さまは、以前よりも裕福になったスウェル子爵家を継げて喜んでいた。

でも、お父様が他界してもう私はスウェル子爵家の人間じゃないから私は素直に家を出て夫の用意した小さな屋敷に引っ越したのだ。

スウェル子爵家の援助の中には私の生活のためにと、毎月定期的にお父様にお金を送っていたらしい。それもフィルベルド様のお金だけど。

毎月送られてくるお金の中からお父様は、「フィルベルド様からだよ」と言って私にお金を渡してくれていた。
でも、使うことはなかった。妻の役目も果たせないのに、使うことに抵抗があったのだ。

私たちの生活はフィルベルド様やアクスウィス公爵家のおかげで何不自由無く過ごせていたから……それも、フィルベルド様たちのおかげだけど。でも、私に対しての個人的なお金は使う気にならなかったのだ。おかげで、お金は貯まっていた。

もしかしたら、フィルベルド様から私にじゃなくて、お父様が気を遣って私へのお金をフィルベルド様からだと言って作っていたのかもしれないけど……。
だから、それを持って私はスウェル子爵家を出たのだ。

でも、夫婦だという実感はない。
お父様はアクスウィス公爵家と結婚のお話をされていたから、援助を受ける理由もあったかもしれないが私は違う。

そして、フィルベルド様からのお金は案の定途絶えた。
やはり、私へのお金ではなかったと思い知らされた。

妻の役目も果たせないのに……そんな妻にフィルベルド様はお金を送る気にはなれなかったのだろう。

屋敷だけ用意して、一度も来なかった夫。仕事は騎士様だと聞いたけど、家に帰られないほど忙しいのだろうか……。





____少し眠っていたのか、眠い眼をこすりながらうっすらと目覚めた。

身体がだるい。頭はボーっとするし、汗をかいたせいか寒気もする。完全に風邪を引いている。
夜会でくしゃみをしていたのは、夜風が冷たいだけじゃなくて風邪気味だったんだ……と今更ながら思った。

「……大丈夫か?」

気分が優れない……そう思いながら、身体の向きを変えて天井を向くと、ベッドサイドから低い男性の声がした。

……はっきりと目を開くと、見たこともない天井。周りの調度品や壁紙も見たことがない。
身体を起こして、おそるおそる声のした方に視線を移すと、金髪碧眼の美丈夫が心配そうに私見ており目が合った。

…………何故!?

なんでこんなところに金髪碧眼の美丈夫が!?
しかも、この方はさっきの方では!?

「……わ、私っ……」
「……体調が悪かったのか? すまない」

ベッドサイドから立ち、手を伸ばして近づいて来ると、意味がわからなくてその手から離れた。

「ち、近づかないでください……っ、私は、こう見えても既婚者です」

肌触りの良いシーツで咄嗟に身体を隠すように、膝を立てた。知らない人とベッドにいるなんて夫が知ればどう思うだろうか。
本当に既婚者か自分でさえ自信はないけど、不貞をする気はない。

ほんの数秒だけ無言でこちらを見る彼は、その手をグッと握りしめて下げた。

「……君は、ディアナじゃないのか?」
「……名乗りましたっけ?」

私は、結婚しているけど社交界にはほとんど出ていない。
夫がいないのに、一人で参加する気になれなかったし、どうしても出席しないといけない夜会だけ行っていた。

でも、この方とは自殺未遂の疑いをかけられた時しかお会いしてないと思う。

「……俺に見覚えがないのか?」
「自殺未遂の疑いをかけられましたけど……」
「……そうではない。しかし、何で自殺なんか……」
「いや……ですから……」

彼は、悲しげにまたベッドサイドに腰を降ろし鋭い視線で顔がこちらを向く。
自殺じゃなくて、鼻水つきのハンカチを取ろうとしたと、それをどうやって綺麗な話にできるのか……悩んでしまう。
金髪碧眼に、眉間のシワ。寡黙な方にも見えて、またフィルベルド様と重なりそうになった時に、誰かが部屋にノックをして入ってきた。

「団長。殿下がお呼びです」
「……挨拶は妻と行くと言っていたはずだぞ」
「礼の件ですから……奥様には待ってもらった方が……」

入って来た茶髪のたれ目の男性は騎士団の正装姿でその彼に、私を助けてくれた金髪碧眼の男性は今までにないほど不快感を現した。
金髪碧眼の男性も騎士の正装だが、少しだけ違うし、団長と呼ばれたからこの茶髪の男性の上司だと分かる。

「わかった……すぐに行く」

茶髪の男性は、金髪碧眼の男性の返事を聞くと、私を一瞬だけ見て一礼をして出ていった。

「少し、用事が出来た。君はここで休んでいてくれ。すぐに戻るから」
「私はもう大丈夫です……すぐに失礼いたします」
「先ほど倒れたばかりだ。休まないと……」

すごく心配している。見ず知らずの男性に申し訳なくなる。
そして、男性は急いでいるのか、「待っててくれ」と言って部屋を出ていった。

待っててくれ、と言われても私に彼を待つ理由はない。
私が待っていたのは、夫のフィルベルド様なのだから。

でも、その夫には会えなかった。

さっきの金髪碧眼の男性がそうかも……と少しは思ったけど、すぐに違うとわかった。
控室を出て夜会会場の入り口付近に行くと、先ほどの金髪碧眼の男性の隣には可愛らしい女性が絡みついている。
女性は、満面の笑みで彼に寄り添っている。

「……奥様と殿下に挨拶に行くと言っていたから、あの方が奥様ね……やっぱり違うわ」

夫に再会出来ない悲しさからか……そうポツリと呟くと踵を返し、そのまま馬車へと向かった。
もうこの夜会にいる必要はない。夫は私に会いに来なかったのだ。

馬車に揺られながら悲しい気持ちで帰ると、夫の用意した屋敷はいつも通りに静かなものだった。

夫のフィルベルド様にやっと再会出来ると思っていた。
それまでは、離縁と白い結婚を続けるかと迷っていて、フィルベルド様のお会いしても恥ずかしくないように、深紅のドレスを頑張って着て行った。
少しでも、地味な私が綺麗にみえるようにと……。

フィルベルド様の用意してくださった屋敷に帰ると、部屋に戻るなり深紅のドレスを脱ぎ捨て、ソファーに雑にかけた。光沢のあるヒールはそのまま脱ぎ、ドレスの下に並べた。

下着姿のまま大きな旅行カバンを衣装部屋から出して、普段着と日用品を詰めた。そして、机の引き出しから一枚の離縁状を封筒に入れてバックにそっと入れた。
そして、いつも通りのワンピースに着替えてブーツを履く。

「もうここには帰らないわ……」

誰もいない屋敷にそう告げて、玄関の扉を開けて私は静かに夫の用意した屋敷を後にした。







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