白い結婚なので離縁を決意したら、夫との溺愛生活に突入していました。いつから夫の最愛の人になったのかわかりません!

夫は早く帰りたい

ディアナが、今夜は待ってくれている。そう思うだけで感無量だった。
最愛の人が俺を受け入れてくれるのだ。

彼女を見送り、クレイグ殿下の後宮破壊工作に戻ると、着々と破壊は進んでいた。
この仕事が終わるとやっと休暇がもらえることになっている。

休暇には、ディアナと領地に帰り、旅行にも連れて行きたい。
誰かのために休みを楽しみにしていることなど初めてのことだった。

「ルトガー。進み具合はどうだ? 今日は早めに終わらせるぞ」
「そうしたいのですが、ちょっと無理ですね」
「何故だ? 俺は今夜には大事な用事があるんだ。予定通りに進んでいるんだから無理してすることなどないだろう?」
「さっきまではそうだったんですが、マズイものが見つかりました」

真剣な眼差しで後宮を見ているルトガーに、背筋がヒヤリとして嫌な予感がする。

「多分、今夜のお帰りは無理ですよ。俺たちは、騎士団の宿舎に泊まりますが、フィルベルド様はどうしますか? 城の部屋に泊まるなら、準備の手配をしておきましょうか?」
「今夜は駄目だ! ディアナが待っているんだぞ!」
「そうは言っても、邸にいてくださるんだから一日ぐらい大丈夫ですよ。奥様なら理解してくれます」
「そういうことじゃない!!」

今夜はいつもと違う。とにかく邪魔されたくない。

「何が見つかったんだ!?」
「魔法の仕掛けです。魔法陣みたいなやつですね。何重にも障壁で守られているので、なかなか破壊できないんですよ」
「とにかく見せろ!!」

ルトガーの案内で、急ぎ足で魔法陣のある部屋に行くと、その魔法陣から黒いモヤがジワリと溢れていた。
部屋のなかでは、魔法の使える騎士たちが少しずつ障壁を壊している。

「ずっと黒いモヤが溢れていたのか!?」
「この魔法陣を破壊しようとしたところ、視認出来るほどの黒いモヤが溢れまして……」

魔法陣の破壊には、魔法が有効だ。
もう呪いの魔法をかけてないから、問題なく破壊できるはずだった。
なのに、この魔法陣を破壊しようとして、黒いモヤが出てきたということは、魔力に反応したということ。

「……これがおそらく本体だ。クレイグ殿下は、影に呪いを隠していた。普通の破壊では無理だ。魔法で空間に呪いを隠していたんだ。普通の攻撃では届かない。ここは、魔法の使える騎士でやるんだ。それと同時に後宮内の魔法の仕掛けを急いで壊すんだ。魔力回復薬も準備した方がいい。この後宮にいるだけで生気を奪われている可能性が強い」
「すぐに手配させます」

後宮を着々と破壊しているから、呪いの黒いモヤが視認できるほどになったのだろうが……ここまで、巧妙に魔法を使うとは。
クレイグ殿下は、魔法をひけらかすような奴ではないが魔法の腕は確かだった。
あの性格なのに努力家なのだ。
ハッキリいって才能の無駄遣いにしか思えない。

しかも、何故、今日見つかるんだ!? 
先ほどディアナと今夜の約束をしたばかりなのに!!

測らずともクレイグ殿下に邪魔されている気がする。
だが、ディアナを待ちぼうけにさせるわけにはいかん。

「すぐに破壊するぞ!! 今夜は何としても帰る!!」

破壊工作に加わろうとして、昂然と暗器のナイフを出して障壁を破壊しようとする。
俺の魔法はクレイグ殿下ほどの魔力はない。
代わりに、魔法の威力を上げたりと用途は色々あるが、そのための特殊な細工のナイフを使っている。

ディアナを助け出した時も、これを壁に突き刺して風で斬り爆発させた。
クレイグ殿下が、ディアナがいる部屋がわからないように、目くらましのために部屋の扉を隠していたのだろう。
あの時は、ただの壁に見えていた。
部屋が簡単に見つかるとは思ってなかった。そう想定していたから、あの時は音を頼りに隠している部屋を探していた。
そして、ディアナを見つけ扉とは気付かず斬ったのだった。

「随分張り切っていますね。急ぎの用事でもありましたっけ?」
「ディアナが邸で待っているんだぞ!? これ以上の大事な用事はない!!」
「はぁ……」
「全力で壊すんだ!?」
「もうすぐで夕方になりますから、あまり大きな音を出すと陛下たちのご迷惑に……」
「文句があるなら俺が陛下に対応する!! 今夜までにこの本体の魔法陣だけでも破壊するんだ!!」
「今夜までは無理ですよ!? あのクレイグ殿下が、障壁を何重にも張っているんですよ!? 意外とあの殿下の魔法は強烈ですよ!?」
「無理でもやるぞ!」
「どうしたんですか!? 落ち着いて下さいよ!! 一日ぐらい帰れなくても奥様は気にしませんよ!?」

珍しい空間の魔法を使えるのだから、なかなか壊せないのはわかっている。
でも、目標を変える気はない。

やるぞ!! と魔法の障壁を一つ壊したところで、陛下からの呼び出しがかかった。
しかし……!!

「陛下のところに行っている暇はない!! 明日伺うと報告しろ!!」
「フィルベルド様! 無理ですよ! 同じ城にいるんですから!!」

ルトガーが慌ててふためく。
第二騎士団だけでこの後宮の破壊をしているのだから、魔法の使える俺が抜ければそれだけで破壊が遅くなる。
ただでさえ、第二騎士団全員が魔法を使えるというわけでは無いのに……!!

「絶対に行かんぞ!! 俺にはやることがあるんだ!!」
「やめてください!! すぐに行ってください!!」
「ルトガー!! 手を止めるな!! さっさと壊すんだ!!」
「わかりましたから早く行ってください!! 陛下をお待たせしては……!!」

アスラン殿下を、筆頭に見ていたフランツでさえすぐに壊せない障壁。
クレイグ殿下め!! 努力する方向を間違えている!!

何故、あの男がディアナの菓子を食べ、俺はディアナを待たせることになるのかと殺意が沸く。
そして、ハッとした。

「ルトガー! 名案が浮かんだぞ! これならすぐに壊せる!! 今夜にはディアナのもとへ行ける!!」
「なんですか? 奥様でも呼ぶ気ですか? 顔を見たらやる気でも起きますかね? そんなことより陛下のところに行ってください!!」

やけくそのような態度でルトガーが障壁を壊しながらそう言った。
障壁は少しずつ壊されているが、いまだに本体の魔法陣には届かない。
何年も続けた呪いだからそう簡単には壊れないのはわかる。

そして、可愛いディアナの顔を見れば、やる気が起こるのは間違いない!!
だが、そういう事ではない!!

「クレイグ殿下だ!! クレイグ殿下に破壊させればいいんだ!! あの男が作ったのだから、すぐに壊せるはずだ!!」

第二騎士団だけでやっている破壊工作任務なのは、アスラン殿下の呪いを他言できないからだ。クレイグ殿下は、その当人だから破壊工作の理由も知っている。だから第二騎士団員でなくとも問題ない!

「幽閉されているんですよ!? いくら第二騎士団が見張りに付いているとはいえ、今は、アスラン殿下あずかりですから……陛下がどう思うか……」
「クッ……陛下まで俺の邪魔をする気か!? 陛下にすぐに会うぞ!!」
「だから、さっきからずっと呼ばれていますって……いいから、早く行ってください!」
「すぐにクレイグ殿下を連れて来るぞ!!」
「呼ばれているのは陛下のところですからね!?」

障壁を壊しながらそう叫ぶルトガーを背に、疾風のように走って行った。








< 64 / 73 >

この作品をシェア

pagetop