秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 もっともらしい蘊蓄を語っているが、どこかで聞きかじったものをつなげているだけなのはすぐにわかった。琢磨は権威に弱い。もちろん美術の世界はそれも大事なのだが……よい絵の目利きはそれだけではできない。
(この値段じゃ、きっと買い手はつかないな)
 額縁の立派なその絵を見て、小さくため息をこぼす。

 今の榛名画廊はこの絵と一緒だ。外観だけは立派だが、中身はない。経営が火の車であることは、だんだんと業界内にも知れ渡ってきている。
 清香は再三、琢磨に経営の改善を訴えてきたが、彼は聞く耳を持たない。もともと、芸術にあまり関心のない人なのだ。三年前に先代オーナーだった伯父が急死したから跡を継ぐことになっただけで、それまでは祖父の遺産を食いつぶして暮らしていたような人だ。

『心配ない。うちにはあの大河内家がついているんだからな』
 琢磨はいつだって、そこで思考を止めてしまう。
 大河内家は榛名画廊のパトロンのような存在だ。特に先代当主の源蔵(げんぞう)は清栄の大ファンで、熱心に支援をしてくれていた。琢磨はそこに安心しきっているようだが、いつまでも頼ってはいられないと清香は思っている。
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