日比谷の老舗ホテルを出た清香は、トボトボと歩いて駅に向かう。藤色の振り袖が行きよりもさらに、重く感じる。
 今日この場に、昴ではなく志弦が現れたのは、ある意味では清香にとって幸運だったのかもしれない。今頃、志弦の口から昴に、清香が失格であることが伝わっているだろう。

 少しだけ胸のすくような思いもあった。
(お父さんの言いなりにならなくて済んだ。それに……愛した男性が義兄になる可能性もなくなったわ)
 あの夜のように、志弦が笑いかけてくれることはもうないだろうが、それでも結婚をしないかぎりはひっそりと思い続けていられる。それだけで十分に幸せなことだと思えた。
 大河内家からの援助がなくなれば、画廊はつぶれる。それは悲しいけれど、今の榛名画廊の存続を祖父と伯父は望むだろうか。ふたりなら『もういいよ』と言ってくれる。そんな気がした。

(従業員のみんなのことだけは、なんとかしないと)
 今の職場や大学時代の恩師に再就職を口ききしてもらえないだろうか。そんなことを考えながら、帰途に着いた。

 帰宅後、すぐに茉莉を部屋に呼んで、すべてをぶちまけた。
 憧れていた美術館の彼が見合い相手の兄だったこと、そして琢磨に投げつけられたひどい言葉。
 彼女は優しく抱き締めてくれた。