真夏の情事は、儚い夢のようで

じっとりと汗ばむ広い背中に、腕を回した。

窓の外では、煩いぐらいに蝉の声が響いている。

一緒にランドセルを背負っていたあの小さかった背中が、こんなにも逞しく私を抱く日がくるなんて。

蝉の声に交じって、ベッドの軋む音が段々と早くなる。

「あっ大地(たいち)っ!ちょっと待って、激しっ…もっ…ダメっ…」

顔の横に突き立てられた、筋肉質な太い腕を掴んで声を上げた。

自分でも驚くぐらいの甘い声が、いつも口から(こぼ)れては溢れてしまう。

「ダメじゃないくせに。好きだろ?激しいの」

悪戯な目線を寄越(よこ)すその表情が、また私の下腹部を熱くさせる。

こうして度々、決して夫からは得られない快楽に身悶えながら、いつも渇いた現実を噛み締めるのだ。

耳元で聞こえる生々しい吐息も、荒々しくも狂おしい指遣いも、一時(いっとき)の悦びに過ぎないのに。

どうしても()めることができない。
女としての悦びを与えてくれるこの腕を、離すことができない。

目の前の額から流れる汗の雫を見つめながら、何度も押し寄せる快楽の中で、私はそう思った。



「お前さ、あの男のどこがいいの?」

ベッド脇に立って、Tシャツに頭を通しながら大地(たいち)が怪訝な声を寄越した。

「優しいところ」

「ろくに抱いてもくれないのに?」

サイドテーブルに置いていた腕時計を利き腕とは反対にはめながら、大地が呆れたように聞き返した。

「旦那にとっては、別にそれが重要じゃないってだけ」

「そういうのを性の不一致って言うんじゃねえの?」

そう言われてしまうと、言葉に詰まってしまう。

「ま、俺はお前がそれでいいなら、別に構わないけどさ」

黙り込んだ私を見かねて、大地が不服そうにこの会話を終わらせた。

大地はいわゆる幼馴染というやつだ。
家がお向かいで、幼稚園の頃からよく知っている。
サッカー部のユニフォーム姿にときめいた日も、学生服の後ろ姿を眺めながら、いつかその隣に並んで歩きたいと願った淡い日々もあった。

それが、大人になってからこんな形で実を結ぶなんて、誰が望んだだろう。

「大地こそ、こないだうまくいきそうだって言ってた彼女はどうしたのよ」

半袖ニットの白いワンピースに袖を通しながら、素っ気なく伺いを立てた。

「何の話だっけ?」

ホテルのカードキーをヒラヒラさせながら、大地が知らん顔を決め込む。

「とぼけるってことはフラれたんだ?」

「フッたんだよ」

麦わら帽子をひっくり返したような籠バッグを肩に掛けてから、そう言って笑う大地の横に立つと、軽く額を小突かれた。

彼女でもなく、妻でもなく、ただの友達でもない、ただ唯一の無二感がどうにもこうにも心地よい。

親友と呼ぶには業が深すぎて、愛人と呼ぶには物足りない。

この関係を世では不倫と呼ぶのかもしれない。



そう、家に帰れば現実が待っている。
文字通りの渇いた現実が。
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