ぼくらは薔薇を愛でる

勇気と励まし

 生花店での昼休憩は、広場に置かれたベンチで過ごすことが多い。店内の休憩室はそう広くないし、それなら外の方が気持ちがいい。人の行き来を眺めるのは楽しいし、クラレットに会えるかも、との思いもあるからだ。
 この日もいつものようにサンドイッチを買ってベンチに向かったら、そこに見覚えのある姿があった。毎日会いたいと願いつつ、会えない相手。

 ――クラレットだ、今日は一人? どうしよう、声をかけてみようか。知らない相手ではないし。

「あの、こんにちは、今日はひとりなの」
 恐る恐る近づいて声を出せば、怪訝そうな顔で振り向いた彼女がレグの顔を見て、たちまち破顔した。

「あ! レグ! 元気そうでよかった!」
「えっ」
 立ち上がって嬉しそうに言ってきた様子は予想外の反応で、少し驚いた。だが、すぐ嬉しさで顔を覆う事になる。

「あれから本屋に行ったんだけど店主さんは、もう辞めたって言うし、どこに行ったのかなって気になってたの。もう会えないのかなって」
 一度は立ち上がったのに、しょんぼりしながらベンチにポスン、と腰を落としたクラレットがたまらなく可愛くて、いじらしくて、レグは息を止めて精神統一を試みようとしたが、そうだ、と思い出した。

「あ、そうか、ごめんね、実は――」
 荷物を抱えていて、明日も来るか、と聞いた次の日、確かに彼女はやってきた。手芸の本コーナーに案内したところで店主からバックヤードに呼ばれたため、じゃあまた、と手を振って奥に引っ込んだが、その日は本屋での体験が最終日で、バックヤードで書類を書いて店に戻るつもりが、書類の作成に手こずった。そのままレポート作成をする流れになって店主から解放された頃にはもう彼女の姿はなく、職場が変わる事を伝える暇が無かったのだ。

 何度かクラレットの姿は見ていたが、配達中だったり接客中でその場を離れられず、声をかけるタイミングを逃し続けていた。

 彼女の隣に座らせてもらってこれを話したところ、ホッとした様子で、元気ならそれでいいのだと笑顔を見せてくれた。

「今は生花店にいるんだ。君は、何の花が好き?」
「花はなんでも好きだけど……薔薇とラベンダーが一等好き! ラベンダーは領地で栽培もしているの、お祭の頃には辺り一面が紫色に染まってね、とっても見事なの! まるで空気まで紫色に染まったようで、それで――」
 楽しそうに話すクラレットの横顔を眺め話を聞いていれば、クラレットがその視線を感じてこちらを向いた。

 ――髪の色かわいい。今日の髪型も似合ってる。少しプクッとしてほんのり赤い頬っぺたもかわいい、声もずっと聞いていたい。ラベンダーいっぱいあげたい……。

「あ、あの、ちょっと、そんなに見ないで」
 レグの目の前に自分の手のひらを拡げて視線を遮る。クラレットの手をそっと除ければ、自身の赤い顔も覆って俯いていた。

 ――顔を覆ってて、かわいい! かわいすぎる……

 もっと彼女を見ていたい。彼女の話をずっと聞いていたい。だが休憩時間が終わることに気がついた。

「うあ!」
「どうかした?」
「休憩時間がそろそろ終わる……明日もこのくらいにここに来られる? またクラレットと話しがしたい」
「――うん、待ってる」

 ――ほんとかわいい無理、かわいすぎる……午後もがんばる。

*  *  *

 翌日もふたりは同じベンチにいた。レグの休憩時間だけの短い間だけれど、この街にいる理由や、明日で生花店が終わるという事の他、家のシェフの事、面白かった本の事など、思いつくままに話しをした。

「今から勉強してるなんてすごい」
「だけど、何をしても知らない事が多すぎて情けないよ。親方達に迷惑かけてるし叱られてばかりで落ち込む、はは」
 レグは乾いた笑いを漏らして項垂れた。

「――レグはいま、土の下に根を張る時なんだわ」
「根を?」
「うん。おおっきな花が咲くには、とびきり強い根っこがいるの、だから花が咲く前に栄養とお水をたっぷり吸って、土の中で根っこを伸ばすの。それが、レグにとっての、今」
 両腕で大きく弧を描いて、大きな花を表しながら、クラレットは思っている事を伝えた。

「なるほど……根っこか。大きい花を咲かせるために……そう考えたことはなかった……」
「だから、今のうちにいーっぱい叱られるといいのよ」
 そう言って笑うクラレットにつられてレグも声を出して笑ってしまった。
 そういえば同じことを、先日ブーケを作ってあげた男性からも言われた事を思い出した。

 ――ああ、やっぱり良いな。離れるのが惜しい。クラレットに痣があったなら……いいや、だめだ。

「そうだ、ねえ、明後日は時間空いてる?」
「明後日? うん、空いてるけど」
「明後日、僕は休みなんだ。昼過ぎがいいかな。うちのシェフの作るレモンタルトがとても美味しいから、一緒にうちでお茶をどうだろう、クラレット嬢」
 やや芝居がかって、だけどほんの少し本性を混ぜながら冗談めかした風を装ってクラレットをお茶に誘った。
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