ぼくらは薔薇を愛でる

別れと約束

 お茶会から数日が経って、レグは屋台街で働き出した。約束した通り、レグに屋台街へ連れてきてもらった。
「お、レグ! 今日はかわいい子連れてきたなぁ!」
「見ないで! クラレットが減るから!」
 屋台の人たちにからかわれるレグはクラレットを隠すように立ちはだかった。屋台の人たちは皆笑顔で、お客さんも楽しげに会話に入ってくる。独占欲だなんだと親父さんたちに大笑いされながら、レグはクラレットの手を引いて屋台街を進んだ。

「あの…」
「ん?」
「手は、もう……」
 がっしりと指が絡んだ繋ぎ方が、たまらなく親密感があって、レグの指と絡まってるのだと意識したらたちまち照れてしまう。

「迷子になったら困るだろう、だから離さないよ」

 ――迷子になるって!

 顔を赤らめながら、レグの背にかばわれた時、レグから良い匂いがしたな、などと考えていたら、いつの間にかレグがフレッシュジュースと揚げドーナツを買っていて、座るベンチを見つけていた。
 
 ベンチに座っていれば、レグの顔を知るたくさんの人たちが変わるがわる声をかけては、減るから見ないで、と同じ返しをしているのを笑いながら眺め、クラレットも声を出して笑っていた。声を出して笑うなんていつぶりだろう。とにかく楽しかった。

 別の日もレグの休憩に合わせて広場で待ち合わせをした。配達の途中で見つけたという風景が見える高台まで行ったり、また別な日には、屋敷のシェフ特製の焼き菓子を土産にもらったりと、ほぼ毎日会っていた。

 ずっとこうしてレグと毎日会ってお話しして過ごしたいと思う一方で、父親からもうすぐ帰国できそうだと話を聞いて、寂しさを覚え始めていた。その事をレグに伝えられないもどかしさも感じ始めていた。

 お茶会に行ってから一週間ほど経ったある夜、父親から明後日帰国すると告げられた。きた。とうとう帰国だ。

 次の日、いつもの昼過ぎにベンチに行った。どうしてもレグに会いたかった。会って帰る事を告げて、それで――。

 レグは仕事の合間を縫って街のあちこちに連れて行ってくれた。国には同い年の友人がいないから、彼が見せてくれる世界は新鮮で、聞かせてくれる色々な話はクラレットの世界をも広かった。
 同じ体験はできなくても、レグが見ている世界が少しだけ感じられて、またその話をしてくれる時のレグは目が輝いていて楽しそうな様子も好きだった。

 お茶に誘われた時、初めてレグの家名を聞いた。実際に家に行ってみれば執事もおり、貴族の令息であることがわかった。令息なのに働いている理由も教えてくれた。クラレットには思いもつかない理由だったが、レグならばきっとなし得るのではないかと思う。だから離れても応援する事を伝えたい。レグが大きな花を咲かせる時はそばにいて見ていたい。

 だが、自分は帰国しなければならない。その事を伝えるには今日を逃せばもう日がない。クラレットは焦った。

 帰国前日の午前中は荷物の整理をし、昼過ぎに、レグとお別れしたいからと出かける許しをもらって広場のベンチに来ていた。けれどいつもの頃になってもレグと会うことはできなかった。

 ――今日は休みなのかな。お屋敷に行ってみる? けど一人で行くには遠い……。

 次第にやがて日が傾き始め、広場のベンチも日陰になりつつある。ショールを肩にかけていなければ風邪を引きそうな、寒いと感じる時刻が間近だった。もう会えないと諦め、今夜中に手紙を書いて宿の人に出しておいてもらおう。そう考えながら宿へ戻ってみれば、父親がロビーに居るのが見えた。

「お父様、戻りました」
 父親に声を掛けながら近づけば、目の前にいるレグに気がついた。

「レグ!?」
 クラレットは駆け寄り、レグに抱きついた。

「わっ、クラレッ」
 抱きついたクラレットの背に手を回していいやら悩んで、手を浮いたままにさせるレグ。困ったように、傍にいるクラレットの父親を見た。

「クラレット落ち着きなさい、レグ殿も驚いてるだろう」
「だって、明日っ」
 泣いていて言葉にならない。何かを察したレグが提案した。クラレットを自分から引き離して、侯爵に向かって言った。

「バーガンディ侯爵、彼女と二人で話をすることをお許しいただけますか」
「――応接室を借りよう、いくつかあるはずだから」
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