ぼくらは薔薇を愛でる

急な事態

「では帰ろうか」
 忘れ物がないように宿の人と忘れ物確認し、日の出前に馬車は走り出した。

 小さな馬車の窓から流れる街並みを眺める。レグももう起きてるんだろうか。早朝は仕事で行き交う人がいるだけで、空気がとてもおいしい。そうだ、と思い出した。

「お父様、昨夜から痣がチリチリするの」
「なに?」
 オーキッドは読んでいた書類から視線を娘に移した。

「パープルにも見てもらったんだけど、濃くなったりしてないし、大きくもなってないって」
「どうする、引き返して診ていただいてから帰るか?」
「ううん、いい。なんとなくだけど悪いことじゃない気もするの」
 嫌な感じはしない。腫れたり痛かったりすれば不安も生じるが、痛いというよりはチリチリとするだけで特にそれ以上何ともないからだ。

「もし帰っても続くようなら先生に診て頂こう、その時は早めに言いなさい」
「はい、わかりました」

 馬車はしばらく走り、日がだいぶ高くなった。クラレットはショールを掛けて眠っており、オーキッドは書類に目を通しながら、宿で作ってもらった軽食を摂っていた時だった。

「旦那様、お嬢様の様子が」
 パープルに言われて、向かいに座る娘の顔を見やった。頬は赤く、熱を持っていた。

「クラレット、クラレット、わかるか」
 ペシペシと頬を軽く撫でれば目を開いたものの、焦点が合わない。

「なんか、熱いの、のど渇いた……」
 やや荒い息の合間に、絞り出すように声を出した。

 途中の街に寄って医者の診察を受けた。肺の音はきれいだし喉の腫れや発疹があるわけでもない。恐らく知恵熱の一種だろうとのことで熱冷ましの薬が4日分処方された。同じ街でオレンジのフレッシュジュースと野菜のポタージュ、毛布を何枚か買った。馬車の中をクラレットが寝られるように畳んだ毛布を敷き詰めた。

 熱が下がるまでひと所で寝ませるのが良いのだろうが、オーキッドは一刻も早く帰国する方を選び、今日のうちに進めるところまで行く事を決めた。立ち寄った街で、領地カーマインの屋敷に宛てて手紙を一通出した。これは早馬で馬車よりも先に届けてもらう。クラレットが熱を出していること、部屋の用意と、主治医を屋敷に呼んでおくことを書いた。

 診察時に飲ませてもらった薬が効いて一旦は解熱し食事を摂ることができた。買った野菜ポタージュを少しずつ腹におさめる。芋のポタージュはお腹にも優しいし、塩気も含まれているから発熱時にはよい。

 そうして次の街まで進み、夜は宿で寝ませた。熱冷ましが効いて翌朝は解熱する。そこで馬車を急がせ、二日かけて領地カーマインに到着した。待機していた主治医に診てもらい、先の街で処方された熱冷ましを飲み切る頃、クラレットは元気を取り戻した。
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