ぼくらは薔薇を愛でる

突然の※

 クラレットは17歳になった。

 10歳の頃、ローシェンナへの小旅行から帰ってきてしばらくした頃、婚約者ができた。父親の仕事相手の男爵家三男で、婿に出しても良いという先方の話に喜んだオーキッドは釣書を交わした。痣の事はそこに明記した。

「痣を持つ者に出会った事はないが、うちの者は皆気にしないから」
 と気さくに、おおらかに笑う男爵の様子から安心して受けた。

 幼いクラレットにこれを拒絶する力はなく、またその理由もなく、父親の仕事の助けになるならと受け入れた。

 婚約者の名はジャン・ダブグレイ。月に一度程度、顔合わせのため双方の家を交互に行き来する話になっていたが、ほぼ毎回、彼は屋敷を抜け出して遊びに出ており戻って来なかった。バーガンディ侯爵家へ来る日は前日夜にキャンセルの報せが届いた。だからつい最近までまともに顔を見たことがなければ、声を聞いた覚えもなかった。それでも彼は婚約者なのだと言われれば、はい、と答えるしかなかった。

 その相手と、18歳になったら結婚式を挙げるという予定が組まれた。その為のドレスを仕立てることになり、王都で人気の仕立て屋を呼んで採寸を行い生地を選びデザインを決め、今日はその仮縫いが終わった連絡が来たため針子が来て試着をする事になっていた。

 到着した針子がクラレットの寝室に布を拡げ、トルソーを置いてドレスを着せていく。

「お嬢様、こちらを一度着ていただいて、それから細かい調整をいたします」
 そう言われ、パーテーションを置いてパープルの助けでドレスを脱ぎ始めた時だった。

 廊下がやけに騒がしい。今日は針子以外に訪問の予定はないはずだ。騒ぎはだんだんと近づいて来て、ついに扉の前で押し問答をし始めたような声になった。

「私が見て参ります、お嬢様はこれを羽織っていてくだ……」
 パープルが急ぎ部屋着のドレスをクラレットに着せ、ストールを肩に掛けた時、扉が荒々しく蹴破られて立てておいたパーテーションが倒れた。

「おやめください! ただいまお召し替え中なのですよ、失礼です!」
「うるさいなあ、僕は婚約者だよお? 遅かれ早かれその裸体は僕のものなのに使用人の分際で命令するの?」
 入室を、両腕を拡げて制する侍女を押し退けて強引に入って来たのは招かれざる客、ジャンだった。クラレットは一瞬混乱した。ショールを胸の前で必死にかき寄せた。

 ――えっ、なぜ彼が。来るなんて聞いてない!

「ジャン様、本日はお越しになる連絡を受けておりませんが急用でしょうか」
「えー? 婚約者だよ? 来ちゃいけないの? 何? 抱いて欲しくて脱いでたんだ?」
 ストールを肩に掛けた姿のクラレットを見たダブグレイは、胸元に視線を固定したままニヤけた顔で近づいてきた。
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