ぼくらは薔薇を愛でる
第二章

誕生

 ローシェンナで王子が生まれた数年後、隣国ウィスタリアで一人の女の子が誕生した。

 オーキッド・バーガンディ侯爵とその夫人アザレの間に生まれた子はクラレットと名付けられた。赤みのかかった茶色の髪、焦茶の瞳を持つ。その生まれはなかなかに大変だった。

 逆子で、予定日よりも少しだけ早い産気付きだった。先に出てきた足は紫色をしていた。やがて全身が生まれ出ると今度は呼吸をしていなかった。臍の緒が首に巻き付いていたのだ。産婆によりすぐさま蘇生がなされ肺呼吸が始まると共に大きな声で泣き始めた事で一同は安堵した。紫色だった皮膚はやがて肌色を取り戻したが、薄いヴェールを広げたように、赤い痣となって身体のあちこちに残った。右腕、右胸、下腹部、太ももの内側、よく見れば両まぶたにもうっすら見てとれた。

 産婆達は逆子ならばこのような事はあると言った。
「病気や呪いではないが、もう少し大きくなったら診ていただいた方がいいだろうね」
 そうとも言った。
 
 二歳になる頃、こんなにも広範囲に痣があるケースは初だとして医師団が組まれ、数年に渡って痣を診ていく事になった。身体が大きくなるにつれて痣が薄くなるかと思いきや、あまり変わらなかった。医師達は、クラレットがもう少し大きくなったら痣の部分を切開して調べてみたいとも話しており、これを聞いたアザレは落ち込む事が多くなった。

 この子が痣を持って生まれた原因は自分なのだと、密かに気に病みはじめた。
 出産を知り祝いに訪れる親戚や知り合いなどから、痣は治るのか、化粧で隠せるのか、嫁入りは難しいだろう等と言われ続け、次第に心が疲弊し始めた。決して彼らはアザレが悪いなどと言ってるわけではないのだが、綺麗に産んであげられなかった、と己を責め続けた。何気なく言われた言葉でも、アザレの精神状態では武器にしかならなかった。心を傷つけ続け、ふと時間が空けば言われた言葉を何度も何度も繰り返し思い出してしまう。
 痣があるのはアザレのせいではない。これ以上アザレを疲弊させないよう、彼女の部屋に通す人物は限定していたが、それでも強引に押し入る親戚は居て、彼らは不躾に言いたいことを言って帰っていった。後日この事を知ったオーキッドはひどく怒った。

 とにかく心無い言葉に引きずられることの無いよう、オーキッドも使用人達も日々励まし続けたが、アザレは起き上がる気力も失い体力が低下していった。幼いクラレットは母の状態をよく理解できず、昼寝も夜も、母と寝たがった。布団に入ってくる小さな娘の体を抱きしめ、綺麗な肌に産めなかったことを悔やむ事を口にし始めた。

「かあさま、えんえんしてた」
 自分を抱きしてきた母が泣いている事はわかっていたクラレットは、翌朝、拙い言葉で父親へ伝えた。

「君が命懸けで産んでくれたクラレットは宝物だ。この子が大人になれば治療法も出てこよう。どうか自分を責めないでおくれ」
 夫の声かけも虚しく、それからまもなくして儚くなった。クラレット3歳の頃だった。
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