禁断溺愛〜政略花嫁は悪魔に純潔を甘く奪われ愛を宿す〜
第一章 愛のない政略結婚

「おい、旦那様が出勤するんだ。もっと心を込めて見送れないのか?」
「んん……っ」

スーツ姿の眼鏡の男は低い声で凄むと、いかにも善人ですと言わんばかりの表情で、私の顎を片手で乱暴に掴んだ。
世間一般的に爽やかインテリ系と称される男なのだと思う。けれど、私はその笑顔が怖くて悲鳴も出ない。
『やめてください』なんて口答えしようものなら、私の愛する家族もろとも東京湾の海底に沈むことになる。
家族だけではない。祖父の代から続く会社の社員達さえも。

私――東藤(とうどう)清華(せいか)は震える指先をきゅっと胸の前で握りしめて、玄関先に立つ男を見上げる。

「お気をつけて行ってらっしゃませ、旦那様」

自然な笑みを浮かべられなくなった表情筋を懸命に動かし、にっこりと良妻の笑みを作る。すると〝旦那様〟と呼びかけた男、東藤拓也は、にやりと嫌な笑みを浮かべた。

「愛してるよ、清華」

うわべだけの言葉を最後に玄関の扉がパタンと閉まった。
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