きんいろ
花火まつりの夜
 夏休みが始まった。
 中学のときの仲良しグループで集まって、海へ行った。変わった子もいたし、変わらない子もいた。
 柊子とアスファルトの融けた街へ出た。映画を観て、ランチして、買い物した。
 プールで泳いで、昼寝して、感想文を書くための本を読んで……。
 いつもと同じ夏。
 だけど、知らん顔で過ぎていく夏。
 一週間に二回ぐらい、学校に行く。美術室で、十月のクラブ展を目指してスケッチに色を入れる。夏休みの美術部は、顧問が職員室にいる時間帯なら、自由に美術室を使っていいことになっている。美術室で他の部員に会って作業よりもおしゃべりに夢中になる日もあるし、たったひとりでカンバスに向かうときもある。
 あの人に会うことはない。ときには気分転換に藤棚の下のベンチに座り、スケッチブックに鉛筆を走らせることもあるけれど、あの人は坂道を通らない。
 十六歳の私の夏に、あの人はいない。
 八月の前半、拓南は一週間くらい家にいなかった。サッカー部の合宿で、標高の高い涼しい場所に行っていた。合宿から戻った頃はお盆が始まっていて、いつもの夏と同じように、拓南は言った。
 友達を誘って、みんなで花火を見に行こう、と。

      ☆

 夜空を染めて鮮やかに開く光の花。
 ナトリウムの目映い黄色、ストロンチウムの燃える赤。
 私は、夜店の並んだ河原で人波に揺られ、ひとりで花火を見上げている。化学の授業で習った炎色反応のことを、なんとなく思い出したりしている。
 輝くグリーンはバリウムで、キラキラときらめく銀色は……アルミニウムだったかな。
 花火が一段落して目を下に向けると、自分の着ているワンピースの裾が見えた。柊子と街に出かけたときに買ったペールイエローの膝丈ワンピ。歩くと、きれいなフレアがひらりと揺れる。
 橋のたもとでみんなとはぐれた。拓南が誘ったサッカー部の男の子たちと、私が誘った柊子ともうひとりクラスの女の子。──その、みんな。
 誘ったサッカー部の男子の中に隅田くんがいるってこと、拓南はひと言も私に告げていなかった。……それがイヤでわざとはぐれたわけじゃない。だけど、私はみんなを探さない。
 隅田くんのことがイヤじゃないのは本当だ。はぐれたおかげで、隅田くんにどんな態度をとればいいか考える時間ができて、ほっとしているのは事実だけど。
 拓南に『隅田とつきあう気はないか』と聞かれて、『好きな人がいる』って答えたのは、断ったことになるのだろう。私もだけど、隅田くんも気まずいんじゃないのかと心配になる。拓南、なぜ隅田くんを誘ったのだろう、なんて考えるのは気を回しすぎだろうか。ヘンに意識する方が失礼になるのかな。何もなかったような顔でいるのがいいんじゃないかとは思うのだけど、うまくできるかな。
 それに、毎年花火を見る場所は決まっているのだ。神社の裏の小さな公園にいけば、拓南たちも柊子たちも見つかるはず。だから、焦ってみんなを探さなくても大丈夫。足はちゃんとそこに向かっている。隅田くんのことは……大丈夫。
 でも、そこに着くまでの時間は、ひとりで花火の下を歩いていたかった。大勢の中にひとりぼっちで取り残されて花火の音を聞いているのも悪くない気がする。
 そんな気分の夏だったから。
 歩いてくる人の中に、その人の姿を見つけるまでは。
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