それは手から始まる恋でした
素直になれない
 高良はもう私の手に触れることはない。そう思うと何もかもがどうでも良くなってきた。
 言い合いした翌日、高良は会社を休んだ。そして次の日に出勤した高良は憑き物が取れたように明るくなっていた。その明るさは異様で皆逆に怖がっていた。

 そんな日が続いたある日、私が会社を出ると穂乃果さんが声をかけてきた。

「お久しぶりです。ちょっとお付き合いいただけますか?」

 神妙な面持ちの彼女について行くと高級レストランに着いた。
 帰りたかったが彼女は帰す気はないようだ。席に座ると次々に料理が運ばれてくる。

「仁とは会社でお話されるんですか?」
「仕事ですから」
「仁に紬さんの名前出すとすごく怖い顔されるんです。聞きたくもないって顔。そんなに嫌なら部署異動させたらいいのにね。その方が紬さんもいいでしょ?」
「それは会社が決めることなので」
「仁って凄く優しいから。ほら、夜だって優しいじゃないですか」

 何を言いたいんだ。

「そんな話はしたくありません。それに高良さんが選んだのは穂乃果さんなんですからもっと自信持ってください。彼を信じてやってください」
「言われなくても信じてるわよ」

 沈黙が続いた。私は怒りに任せて料理を口に入れる。

「紬さんってまだ仁のこと好きなんでしょ?」
「なんですか?」
「会社辞めてくれません? 仁だって紬さんに辞めて欲しいと思っていますから」
「高良さんから言われたら辞めます。私にも生活があるので自分から辞めることはリスクでしかありません」

 不愉快だった。高良がそう思っていたとして、何故彼女の口から聞かなくてはならないのか。

 彼女のせいで私の帰宅時間はいつもより遅くなってしまった。私の住んでいるのは港の家から近いとはいえ、駅の反対側であまり治安がいいとは言えない場所だ。だからいつも早めに帰っていた。
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