さつきの花が咲く夜に
第二章:何気ない出会い
 エレベーターで一階に降り、総合診療棟の
西棟までくねくねと歩いてゆくと、スーパー
マーケットと呼べるような大きな売店があっ
た。満留は客足の疎らな売店に足を踏み入れ
ると、紙パックの豆乳を手に取り、見切り品
が集められたアルミ製のワゴンの中を覗いた。

 一日に三千人以上もの外来患者が訪れ、医
師や看護婦など多くの従業員を抱える京山病
院の売店は、とても充実している。

 診療時間を終えたいまは閑散としているが、
お昼時はたくさんのお弁当やお握り、サンド
イッチなどが棚に並び、四台あるレジはどこ
も行列が出来る。そのお弁当の名残りがいく
つか棚に残っていたけれど……満留はそれに
は見向きもせず、ワゴンの中の商品を物色し
始めた。四割引きのシールが貼りつけられた
シュガーラスク、二個入りの豆大福、そして、
丸っとした小さめのあんパン。それ以外にも、
期限の迫った缶詰やゼリー飲料がいくつかあ
るけれど、今日もコレが夕食になりそうだ。

 満留は残っていたあんパンを手に取ると、
レジで会計を済ませ、母の待つ病室へと急い
だ。大豆パウダーと豆乳を容器に入れ、張り
切ってシェイクしたけれど、二口、三口飲ん
だところで、母は「今日はここまでね」と
言って飲むのをやめてしまった。

 

 洗濯機に洗濯物を放り込み、洗剤を入れる。
 コインを投入し、スタートボタンを押すと、
予め洗濯機の蓋に張り付けられていた小さな
ホワイトボードに部屋番号を書き込んで、
満留はランドリーコーナーを後にした。

 そうしてエレベーターに乗り込み、その場
所へ向かう。手つかずの夕食を配膳ワゴンに
戻し、洗濯機を回し、その合い間に病院と
大学の中間にある中庭で夕食を済ませるのが
ここ数日の満留の日課なのだ。

 満留は病院を出て駐輪場と建物の間を抜け
ると、フィンセント・ファン・ゴッホの絵画、
「アルルの病院の中庭」を彷彿させる緑豊か
な中庭に立った。

 誰もいない中庭は夜の音を吸い込んでシン
と静まり返っている。中心にある小さな噴水
から放射状に伸びる花壇には、多年草の小花
が白い絨毯のように咲いていて、その周囲を
青々とした木々が囲んでいた。

 目の前の明媚な風景を眺め、ほぅ、と息を
つく。明るいうちは多くの患者や従業員の憩
いの場として親しまれているこの中庭は、夜
になると「お化けが出る」のだと……ランド
リーコーナーでおばさんたちが話していた。

 けれどそんな噂を耳にしても、満留は別段
この中庭が怖いとは思わなかった。病院とい
う特殊な環境は、そういった噂話が生まれや
すいのだ。きっと、そんな話はここだけじゃ
なく、どこの病院にもいくつかあるのだろう。
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