熱く甘く溶かして
リセット
 夕食を済ませた後に届いたメールを読んでから、智絵里は何故かソワソワし始めた。やけにお風呂を勧めてきたからとりあえず入ったけど、一体あれは何だったんだ?

 恭介はモヤモヤした気分のまま浴室から出ると、智絵里がソファに座って硬直している。

「恭介! ちょっと話があるんだけど、いいかな?」

 智絵里がソファの隣の席を叩く。恭介自身も不安になりながら、指定された場所に座る。

「話って?」
「あ、あのね……お願いがあるの。ただとんでもないお願いかもしれないんだけど……」
「……どんなこと?」

 恭介はソファの背もたれに腕を乗せると、反対の手で智絵里の手を握る。指先まで緊張しているようだった。

「恭介についてきて欲しい場所があるの……」
「別にいいけど……どこ?」
「……海鵬の音楽準備室」

 それを聞いた恭介は固まった。

「えっ……だって……」
「そう。私のトラウマが始まった場所」
「なんでそんなところに……」

 恭介は明らかに理解が出来ないという顔をしている。だがこんなことは想定内の反応だったし、智絵里の中では真剣に考えた上でのことだった。

「恭介と一緒に行って、記憶の上書きをしたいの……。六年間過ごした音楽準備室の記憶が、あの日のあのまま残って、思い出すたび辛くなる。それなら恭介と新しく記憶で上書きしたいなって思ったの」
「それってつまり……音楽準備室で俺とエッチなことがしたいってこと?」

 照れながら問いかける恭介に、智絵里は気まずそうに頷く。

「今思い出しても不快で、吐き気すら感じる。もしかしたら部屋に入ることも出来ないかもしれない。それでも恭介となら試したい……ダメかな?」
「ダメなわけないだろ! そんなの……なんか危ないプレイみたいでちょっと興奮する……」
「はっ?」
「いえ、何も言ってません。でも勝手に入り込むわけにはいかないよな……」
「それなら大丈夫。むっちゃんにお願いして、冬休みに入れてもらえるようにしたから……」
「ふーん……用意周到じゃん」
「……嫌ならいいのよ。無理にとは言わないし」

 恭介が不敵な笑みを浮かべると、智絵里は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。その仕草が可愛くて、恭介は思わず智絵里を抱きしめる。

「嘘だって。智絵里がトラウマを克服出来るくらいたくさんしよう。……うん、それならいろいろ準備しないとだな」
「準備なんている……?」

 智絵里の言葉は耳に届いていないようだったが、恭介は楽しそうに計画を立て始める。

 少し不安は残る。でもやってみないとわからない。全部を忘れることは無理でも、一番に思い出すのが恭介とのものになればいい。
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