お見合い婚にも初夜は必要ですか?【コミック追加エピソード】
5.離れたくない



いつも通り仕事をしながら俺は暗澹としていた。頭の中は昨日出た内示でいっぱいだ。

仙台支社研究所への出向。
出向自体考えていなかったわけではない。しかし、自分に回ってくる可能性は低いだろうと思っていた。二十代の超若手か、熟練のキャリアを持つ壮年世代にお鉢が回ることが多いのだ。
今回は研究職の中でも開発分野の人間がほしいというのが向こうの希望だそうだ。その結果が俺。河合を始め、部下も育ってきている。今、俺が二年か三年離れても問題はないだろう。むしろ部下のさらなる成長が見込める。俺も新しい環境で働けるのは、いい刺激になるだろう。
しかし、雫とは離れ離れだ。

「榊、昨日の件、考えてくれたか?」

声をかけてきてくれたのは上司の兼広さんだ。俺は答える。

「お受けするつもりです」

出向の内示は断ることもできる。しかし、そうなれば俺以外の誰かがいかなければならない。今回はある程度経験のある即戦力が求められているから、俺より上の世代になるが、家族を持っている人たちを思えば、簡単に押し付けられない。

「そうか、ありがとう。奥さんはどうするんだ? 一緒に行くのか?」
「いえ、彼女も仕事がありますから別居ですね。週末婚の形を取ると思います」
「まだ結婚して一年なのに、つらいな」

兼広さんも半年ほど、別な研究所に出向していた。
その間はご家族を置いて単身赴任だった。お子さんは中高生、学校などを考えると兼広さんひとりで行くしかなかったのだろう。

「時期や期間はわかり次第連絡するよ。準備や引継ぎがあるものな」
「はい、よろしくお願いします」

俺は兼広さんに頭を下げ、仕事に戻る。
兼広さんはピンチヒッター的な出向だったから半年だったが、多くの場合は二年から三年は戻ってこられない。その間、雫とは別居になるだろう。雫は東京の今のマンションに残り、俺ひとりが出向先の土地に引っ越す。
< 29 / 40 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop