秘密のベビーのはずが、溺甘パパになった御曹司に一途愛で包まれています
突発的な家出
「ママ、いつまで続くの?」

「疲れちゃったわね。あら、梨香ちゃん。このお紅茶とっても美味しいわよ」

 室内から聞こえてくる、場にそぐわないのんきな会話に眉をひそめる。
 まるで幼女が話しかけたようだが、声を発したのは今年二十五歳になった私の双子の姉である梨香(りか)で、応えたのが母の美鈴(みすず)だ。 

「あたしはコーヒーが飲みたいわ」

 身内しかいないからといって気を抜いているわけではない。たとえ人前であっても、梨香は両親を〝パパ〟〝ママ〟と呼び、自身を〝あたし〟と言う。もうとっくに成人しているというのに、誰も彼女の言葉遣いを直そうとしない。

 ため息をつきながら、香典返しの確認をしていく。
 喪主である父は県議として日々忙しくしており、あいにく数日前から視察で他県に出ている。葬儀には間に合うようだが、それまで代わりを務められる人間は私しかいない。

 広島の片田舎に建つ、権力を誇示するかのようなとにかく広い日本家屋なら、数年前に亡くなった祖父が議員をしていた頃から付き合いのある、大勢の弔問客を受け入れるのも可能だろう。そう考えて、近頃では珍しいが自宅で葬儀を執り行うと決めたのは、今この場にいない父だ。

 私にとって育ての親である祖母が亡くなったのだから、せめて頭の中を整理するわずかな時間ぐらいほしい。けれどそれすら許されないようだと、廊下から母らのいる部屋を一瞥する。
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