心霊部へようこそ!
【トッテさん】

 わたしはユーレイやオバケに取りつかれやすい体質だ。
 お父さんもお母さんも、お姉ちゃんもふつうのひとなのに、わたしだけそんな損な体質になってしまった。
 だから、小さなころから近所の神社でおはらいをしてもらったりしている。
 ユーレイやオバケが見えたりする、いわゆる霊感(れいかん)があるワケではない。
 それなのに、わたしのまわりには怖いことばかり起きる。
 もう、いやになってしまう、はぁ……。

 そんなわたしも今年の春、とうとう中学一年生になった。
 今までは近くの小学校に歩いて通学していたけど、進学した御神楽学園中等部はすこし遠いので電車通学に変わった。入学から二週間、電車にも少しずつなれてきた。
 ある日、わたしは小学校からの友達に「うちに遊びに来てよ」と誘われる。
 学校帰りに友達の家をたずねて、インターフォンを押す。すぐに「はーい!」と聞きなれた友達の声がして、ドアが開いた。
「灯里(あかり)、来てくれてありがとう! あがって!」
「美優(みゆ)ちゃんひさしぶり。おじゃましまーす!」
 わたしは美優ちゃんに案内されて、彼女の部屋に向かう。
(そういえば、美優ちゃんのおへやであそぶのは初めてだなぁ)
 美優ちゃんとは何回かいっしょにあそんでいたけれど、外でお買い物とか学校の教室に残ってあそぶとか、そういうことが多かった。
 初めてあがる美優ちゃんのおへやはキレイで女の子らしい、ぬいぐるみがたくさんあって白いカベ紙のはられた空間だった。
「すわって。今飲み物もってくるね」
 わたしにクッションをすすめて、美優ちゃんがへやを出て行った。
 のこされたわたしはへやをあらためて見回した。ふと、カベにお守りが吊るされていることに気がつく。いかにも女の子らしいアイテムやポスターがならんだへやの中で、そのお守りだけが奇妙にういている。
(アレ、なんだろう?)
 ぼんやりとお守りを見ていると、へやの中で『トッ』という木の柱を叩いたような音がした。美優ちゃんがもどって来たのかと思ってドアを見たけれど、美優ちゃんの姿はない。
 もう一度、トッ、とさっきよりもわたしの近くでその音がなった。
(音がおんなじなのに、ちがう場所から聞こえた……なんだろう?)
 わたしは不思議に思って、近くのカベを指でかるく叩いてみた。コン、というかわいた音がする。さっきから聞こえる音とはまったくちがう。
 もう一度後ろの方から、トッ、という音。
 このへやのどこを叩いたら、こんな音がなるのだろう。ううん、そもそもわたししかいないのに、だれかがへやを叩くなんてあり得ない。ならこの音はなんだろう?
 わたしがとまどっていると、美優ちゃんがおぼんにジュースとトレイを持ちながら、器用にドアをあけてもどってきた。
「灯里ちゃん、おまたせ。はい、ジュースとお菓子」
「ありがとう。……あのさ、美優ちゃん。さっきまで、どこか叩いたりとかしてた?」
 わたしがオレンジジュースを受け取ってそう聞くと、美優ちゃんが大きなため息をついた。
「あ、やっぱり灯里ちゃんにも聞こえたのかぁ」
「わたしにも、聞こえたって言うと?」
 美優ちゃんがへやをぐるりと見渡して、困りきった顔で言う。
「あのね、何日か前から、なんにもしていないのに変な音がするの」
「あの、トッ、ていう感じの音?」
「そう、それ! わたしがへやにいると、いつもその音がなるの。それになんだか、視界のはしっこに影みたいなものも見えちゃったりするし……。なんだかさ、とっても気持ちわるくって。それで、今日はそういうのにくわしい灯里ちゃんに相談できないかなって思って」
「くわしいって言われても……」
 小学校のときも、学年の中でわたしが取りつかれやすいことは有名だった。
 だからへやに異変が起きたとき、美優ちゃんはわたしのことを思い出したのかな。
 でも、わたしは取りつかれやすいだけで、ユーレイやオバケに対して何かができるワケではない。
「ごめん。わたし、取りつかれやすいだけでそういうのの知しきとかはないんだよね」
「そっかぁ。あのね、音が聞こえて影が見えるようになってから、なんだか体調も良くない気がしてさ」
「そうなんだ。だからお守りをあんなところに……。それなら、ちかくの神社におはらいをしてもらったら? わたしもいつもお世話になっているとこ」
 話をしている間にも、何回か、トッ、トッ、という音が聞こえる。
 耳元で、遠くで、また近くなり、はなれて……。
 たしかにこんな音を聞き続けて、影も見えちゃうなんてこわいかもしれない。
 とくに耳元で音がなると、とってもイヤな感じがする。
「神社かぁ……。おちの親、こういうのに理解がなくってさ。ひとりで行ってもだいじょうぶかなぁ。お金とか」
「うーん、どうだろう。わたしは小さなころから通ってて、いつもタダでおはらいしてもらえていたけど」
「そうなんだ、灯里ちゃんラッキーだね。うん、わたしも考えてみるね」
 ラッキーという言葉が、ちょっと引っかかる。
 たしかにタダで神主さんやその息子さんにおはらいをしてもらえるのは、幸運なのかもしれない。だけど、何度もおはらいしてもらわなきゃいけないほどユーレイやオバケをつれてきちゃう体質は、どうしたってラッキーなんかじゃないもの。
「あ、でも異変が起きるのはこのへやだけなんだよね。神社のひと、わざわざ家まで来てくれるかなぁ?」
「神主さんはむずかしいかもだけど、息子さんなら来てくれるかも?」
 ちかくの内藤神社の神主さんの子供は、わたしの中学校の一個上のセンパイでもある。
 小学校低学年のときには、よくいっしょに遊んだ思い出。高学年になってからは、色々なお勉強を始めて、あんまり遊べなくなったんだよね。
「そうなんだ。もし良かったら、灯里ちゃんからお話通してもらえない? わたし、なんにもつながりがないからさ。おねがい!」
「うん、わかった。いいよ、同じ学校のセンパイだから、話してみるね」
「わー、ありがとう。助かるー、これでちょっとは安心かなぁ」
 むねをなでおろした美優ちゃんがほうっと息を吐いた。
 その後は、小学校の思い出やお互いの中学校でのお話をして過ごした。
 楽しい時間だったけど、わたしも美優ちゃんも、トッ、という音がするたびに会話がとぎれてしまったので、なんとなくぎこちない感じ。
「じゃあ、わたしそろそろ帰るね。センパイに音のこと話したら、メッセージアプリで送るから、明日まで待っててね」
「うん、色々ありがとう灯里ちゃん。気を付けて帰ってね」
「それじゃあ、またね! おじゃましましたー!」
 おうちの人にもごあいさつして、わたしは美優ちゃんの家を出た。
(明日、晴人センパイに相談してみないとな)
 晴人センパイとは、神社の神主さんのひとり息子さんの名前だ。
 幼馴染でもあるし、小学校のころから同じ学校に通っている。ずっと神社にお世話になっているから話しやすいセンパイではあるけど、ちょっとクールなところがあるんだよね。
「ただいまー」
 美優ちゃんの家からわたしの家まで歩いて数分の距離だ。
 すぐに帰宅して、わたしは自分のへやに戻る。カベにかけた時計を見ると、まだ夕ご飯まで少し時間があった。
(何してすごそうかな? センパイに連絡を入れておくとか……。でも明日会うなら別にわざわざ連絡しなくてもいいかな、センパイ神社のお手伝いで忙しいだろうし)
 そんなことを考えていると、へやのすみっこで『トッ』という音がした。
「え、ウソ。なんで!?」
 さっきまで美優ちゃんのへやで何度も聞いた音。
 わたしはドギマギしながらも、息をころして辺りを見回した。
 ふと、何か影のようなものが目に映ってすぐに消えた。そして、トッ、と音がする。
(まさか、わたし連れて帰って来ちゃったの!?)
 ああ、いつもながらの取りつかれ体質。
 私はスマートフォンに手を伸ばすと、美優ちゃんに電話した。美優ちゃんはすぐに電話に出てくれる。
「もしもし、美優ちゃん?」
『灯里ちゃん、どうしたの? 何か忘れ物?』
「ううん、あのね。今わたしのへやでトッって音がしたの! 美優ちゃんのへやで聞いた、あの音。美優ちゃんのほうがどうかなって思って」
『わたしの部屋? ……そういえば、トッって音しなくなった!』
「やっぱり……わたし、美優ちゃんのとこから連れて来ちゃったみたい……」
 うかつだった。こうなることは十分考えられたのに――。
『そっか、トッテさん、灯里ちゃんのほうに行っちゃったんだね、ゴメン!』
「ううん、いいの。いつものことだから」
 ホントはぜんぜんよくない。だけど、美優ちゃんがわるいワケではないのでそう返す。
 でも、なんだろう? 今美優ちゃん、トッテさんって言った?
「あの、美優ちゃん。トッテさんて何?」
『その音がなって何かが見える現象。名前をつけたらちょっとは怖くなくなるかなって思って、わたしが呼んでたの。トッテさんって』
「そうなんだ。トッテさん、とにかくこっち来ちゃったみたいだから。美優ちゃん、念のためなにかあったら言ってね。それじゃあ」
『なんだか巻き込んでゴメンね、今度アイスおごるから!』
 通話を終えたわたしは、大きなため息をついた。
 その間にも、トッ、という音。景色のはしっこを横切っていく不気味な影。
 トッテさん。とんでもないものを引き受けちゃったなぁ……。

 慣れない物音にねむるのが苦労したけれど、なんとかねむって朝が来た。
 ボンヤリした頭でへやを見ると、また影がよぎり音がなる。
 身体がビクンとふるえ、眠気なんて飛んで行ってしまった。へやを出る。
「お父さん、お母さん、おはよ」
 リビングにはテレビを見るお父さんと、朝ごはんの支度をしている二人の姿があった。
 お姉ちゃんはまだねているのかもしれない。
 洗面所で顔を洗って、リビングの食卓のイスにすわる。
 耳をすませてみたけれど、物音はしない。まわりを見回しても、影はよこぎらない。
(美優ちゃんもへやにいるとって言ってたよね。へやの中に住み着くオバケなのかな?)
 そんなことを考えていると、大学生のお姉ちゃんも起きてきて朝ごはんになった。
 家族にトッテさんのことを話すかまよったけど、まずはセンパイに相談してからにしようと決めた。家族はわたしの体質を理解してくれているけど、心霊の知識があるワケじゃない。
 朝食を終えるとパジャマから制服に着替えて、髪を整えてカバンを手につかむ。
「行ってきまーす」
 玄関で言って、お母さんの「行ってらっしゃい」という声に見送られて家を出た。
 電車通学にもクラスメイトにも慣れてきて、これから楽しい学校生活……のはずが、いきなり現れたトッテさんである。はぁ、なんでわたしはこんなにツイてないんだろ。
 学校についたわたしは、今すぐにでも晴人センパイの教室に行きたい気持ちをガマンする。かりにもわたしだって女子だ。女の子が教室まで来て名指しでセンパイを呼んだら、センパイがクラスメイトにからかわれてしまうかもしれない。
「おはよ、灯里! なんか顔色わるいけど、だいじょうぶ?」
「おはよう、都子ちゃん。うん、いちおう、平気」
 クラスメイトとのやり取りもなんだかぎこちなくなっちゃう。
 昼休み、晴人センパイは部室で過ごしていたはず。とにかく昼休みまではガマンしよう。

 いつもより長く感じられた午前の授業を終えて、わたしはセンパイの元へ向かった。
 階段を登って三階へ。そして廊下をどんどん進んでいく。
 この辺りは特別教室が多いから、昼休みはほとんど人けがない。
 寂しい廊下の突き当りの端っこに、その部室はある。
 晴人センパイのいる『心霊部』だ。
 心霊部は名前の通り心霊に関する問題を解決する部活、らしい。わたしはまだ入学したばかりだし、部活紹介のコーナーで説明を読んだことがあるくらいだ。
 ただ、晴人センパイがここによくいることは、本人から聞いていた。幼馴染はダテじゃない。
「センパイ、晴人センパイ。いますかー?」
 少し緊張しながら、部室のドアをノックする。しばらくすると「入れ」という静かな声が返ってきた。わたしは「失礼します」と言ってから部室のドアを開けた。
 心霊部の部室は、こじんまりとしていた。本だなにはなんだかむずかしそうな本がいくつも並んでいる。ドアと正面を向く方向に窓があり、ベージュ色のカーテンが風にゆれていた。それ以外は小さなロッカーが重ねてあるくらいで、物の少ない部屋。
 真ん中に長机がふたつ向かい合うように組まれていて、その右側に晴人センパイが腰掛けている。
 読んでいた本から顔をあげた晴人センパイが、わたしの方を見る。
 目の下まである長い黒髪を少し左に流している。その髪がサラサラと風に揺れた。
 わたしを見ている右目は切れ長で鋭い印象だけど、とってもキレイな栗色のひとみ。
 鼻筋がしゅっとしていて、唇がうすく肌が白い。女子の間でもひそかに人気のイケメンだ。
(相変わらずカッコイイなぁ、晴人センパイ)
 そんなことをぼーっと考えていると、晴人センパイが落ち着いた声で言った。
「月城(つきしろ)灯里、心霊部に来るのはめずらしいな。どうかしたか?」
「晴人センパイ、お久しぶりです。あの、わたし変なのに取りつかれちゃって……」
 そう言うと、晴人センパイはため息をついた。
「またか。本当に灯里はいつもいつも。まぁ良い。話を聞くからとりあえずすわれ」
 晴人センパイが横にイスを引いて、わたしにすすめてくれた。
 わたしは「よろしくお願いします」とペコリと頭を下げてすわり、昨日美優ちゃんの家とわたしのへやで起きた出来事を話した。
 すると、晴人センパイは呆れた顔をして言った。
「トッテさん、か。怪異に名前をつけてしまうとは、何をしているんだ灯里は」
「名前をつけたのはわたしじゃなくて美優ちゃんですよー! でも、名前をつけるのって良くないことなんですか?」
「当たり前だ」
 晴人センパイが大きくうなずいた。
「いいか、名付けというのは祝いであり、呪いなんだ」
「祝いであって、呪いでもある?」
「そうだ。例えばサクラがあるだろう。アレはもしだれも名前をつけないままだったら、どうなっていたと思う?」
 とつぜんの問いに、わたしは首をかしげた。
「えっと……花びらがまうのがキレイな木、とか呼ばれていたかも?」
「そうだ。花がキレイな木とか、すぐに花が散る木、とか言われていただろう。けれど、誰かがあれに『サクラ』と名付けた。そして名前は広まり、だれもがサクラと呼ぶようになった。ここで、サクラという存在がみとめられた。わかるか?」
 名前を付けたから、みんながその名前で呼ぶ。それはなんとなくわかる。
「はい、なんとなくですがわかります」
「それと同じことだ。その美優ちゃんとやらは、音がなり影が横切る現象に『トッテさん』と名前を付けた。そして美優さんも灯里もトッテさんと呼ぶようになった。それはトッテさんの存在をみとめてしまったことになる」
「それって、何かまずいのですか?」
「大いに良くない。存在がみとめられて、取りつきやすい人間も見つけた。ただの怪奇から、トッテさんという名前をもつ個体になってしまった。存在を肯定してしまったのさ。本当なら、ずうっと気のせいと思いこんで無視していれば良かったのに、だ」
 わたしたちがトッテさんと呼ぶことで、あの音と影が実在のものになった――。
 気のせいとしていればやりすごせたものに、存在をあたえてしまった――。
 それが、名付けということ? たしかに、それはまるで呪いのようだ。
「そんなぁ……わ、わたしこれからどうすればいいんですか?」
「まずは実物を見てみないことにはな。放課後、空いてるか?」
「はい、予定はないです。晴人センパイ、来てくれるんですか!?」
「ドジなコウハイを放ってもおけないからな。面倒くさいが、見てやるよ。放課後に校門の前で待ち合わせだ。ホームルームが終わったらはやく来いよ」
「ありがとうございます! やっぱり晴人センパイはたよりになります!」
 わたしが立ち上がっておじぎをすると、晴人センパイはかるくうなずいた。
 部室の時計を見ると、もうすぐお昼休みがおわりそうになっている。いっけない、はやくお昼ごはん食べなきゃ! それに、晴人センパイだってごはんにしなきゃだよね。
「それじゃ、ながながと失礼しました。放課後おねがいします!」
「ああ、またあとでな」
 晴人センパイに見送られて、部室をあとにして教室に戻る。急いでお弁当を食べていると、やがてチャイムが鳴った。
(センパイが見てくれるなら、もうだいじょうぶ。はやくセンパイにおはらいしてほしい!)
 じれったい気持ちで午後の授業とホームルームを終え、わたしは校門へ向かった。
 晴人センパイはすでに来ていて、わたしを見るとかるく右腕を上げる。
「よし、灯里の家まで行くぞ。そういえば、家におじゃまするのは久しぶりだな」
「そうですね、小学……三年生かな。それくらい以来ですね」
「ご両親やお姉さんは、元気にしているか?」
「はい、皆元気です」
 他愛ない昔の思い出を話しながら、ふたりで並んで駅まで歩く。
 晴人センパイはふつうにしていたけど、わたしは内心ドキドキだった。学校でもカッコイイと女子にウワサされている晴人センパイとの下校なのだ。緊張しないワケがない。
 でもなつかしい話をしていると、恥ずかしさもトッテさんの怖さも少しやわらいでいった。晴人センパイはさりげなく気を使ってくれたのかもしれない。
 電車を使って最寄り駅まで帰って、歩いておうちに帰る。
 お父さんとお母さんは仕事、お姉ちゃんは大学で家にはだれもいなかった。
「センパイ、うち今だれもいないみたいです。どうぞあがってください」
「ああ。おじゃまします」
 晴人センパイをさっそくわたしのへやに案内していく。へやに入ると、すぐに『トッ』という音がした。
 トッ、トッ、トッ――。音がなんだか昨日よりせわしない。
「なるほど、これか。はっきり聞こえるし、たしかに影が見える気もするな」
「そうなんです。でも、なんだか昨日より音がはやいしアチコチでなってます」
「オレを歓迎していないのかもな。多分、灯里を気に入っているんだろう」
 オバケに気に入られても、ぜんぜんうれしくない……。
 晴人センパイはカバンの中からお札のようなもの(センパイは符(ふ)と呼んでいた)を出して、髪に隠れている左目の下に当てた。
 晴人センパイにも、霊をはっきりと見るほどの霊感はないそうで、こうして符の力を借りて『視て』いるのだという。「ふむ」とセンパイが小さく声をあげた。
「視てみたが、少しうるさいだけで問題はないようだ。どうする?」
「どうするって……。はらってくれないんですか?」
「わざわざはらうほどの害は、おそらくないだろう。雑霊のようなものだ」
「で、でも!」
 困ってしまったわたしに、晴人センパイが付け加えた。
「ユーレイやオバケのたぐいはな、大抵ひとつついていると新しいものがつかないんだ」
「は、はぁ。そういえばわたしも、一度に何個も取りつかれたことはないです」
 そうなのだ。わたしは取りつかれやすい体質だけど、一度につかれるのはひとつだけ。
 考えてみれば、いっつも引き寄せてしまうわたしなら、いつの間にか何個ついててもおかしくないのに。
「だからここは考えようだ。この『トッテさん』は音がする、ちょっと影が横切るだけで無害な霊に思える。このまま、守り神のようにつけておくという方法もある」
「でも、美優ちゃんは体調をくずしたと言っていました」
「それは、気に病みすぎたのだろう。トッテさんのせいではなく、音と影が見えてしまうことへのつかれで調子をくずしたんだ」
「でもでも、わたしだってこんなのイヤですよぉ」
 音がして、影が見える。それはユーレイやオバケを専門に扱っているセンパイからしたら大したことじゃないのかもしれない。だけど、わたしにとっては大事だ。
「何もかもはらうのは、良いことじゃない。害のない霊まではらうということはあまりオススメできないな。除霊というのは最終手段なんだ」
「だけどセンパイ……」
「霊はどこにでもいる。それは、灯里も身をもって知っているだろう? その中でもこれは被害の少ない霊だ。置いておくという手もあると思うぞ。悪さをする霊に取りつかれる可能性が、少しでも減るんだからな」
 わたしの体質を知っている晴人センパイにそう言われると、返す言葉がない。
 なおもなやんでいるわたしに、晴人センパイがお札を差し出した。
「これは?」
「へやのどこかに貼っておけ。それで音も少なくなり、影をみるのも減るだろう。日常生活も送りやすくなるだろう。どうしてもムリになったら、除霊もしてやる。まずは一度、トッテさんを置いてみろ」
「はい、わかりました」
 仕方なくうなずいて、お札を受け取る。晴人センパイが言うのであればそれが良いことなのだろう。いつも助けてくれている人が言うのだから。
 お札をわたしに渡した晴人センパイが、へやを出て行く。わたしはあわてて後を追った。
「センパイ、もう帰っちゃうんですか!?」
「ああ、特に問題はなさそうだからな」
「なにか飲み物でも……見ていただいたんですし」
「いいって、気にするな。それより、万が一おかしなことがあったらすぐに連絡しろよ」
「はい、ありがとうございます!」
 晴人センパイが手をふって家を出て行った。のこされたわたしはへやに戻ると急いでセンパイに渡されたお札を机の前に貼った。
 すると、センパイの言うとおり影の横切る回数も減り、トッ、という音も小さくなった。
 とはいえ、影も音も完全に消えたワケではないのがゆううつだ。
 夜、ベッドに横たわったわたしは不安まじりにつぶやいた。
「トッテさん、守り神になってくれるのかなぁ」

 トッ。

枕元でなった音に、わたしはやはり身をすくめてしまうのであった。
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