楽園 ~きみのいる場所~
14.おばあちゃんの遺言


「このままずっと、楽と繋がっていたいな」

 悠久が、熱い息を吐きながら言った。

「私も……」

 私はかすれた声で答える。



 私も、このままずっと悠久と繋がっていたい……。



 揺さぶられ、言葉にならない想いを、心の中で呟いた。

「ん……っ」

 シーツを掴む私の左手の指と彼の指が交差する。

 指と指を絡め、しっかりと握る。

 押し寄せる快感の波に身を捩ると、薬指に光るピンクダイヤたちが目に入った。

 札幌で一緒に暮らしてひと月が過ぎた。

 一昨日から私の指にはピンクダイヤが輝いている。

「楽――っ!」

 悠久が苦しそうに私の名を呼ぶ。

 ギュッと目を瞑って、身構えた。

 身体の中心から足のつま先目掛けて電気が走る。思わず爪先がピンと伸びた。

「あっ、ああっ……!!」

 初めて抱かれた夜から、こうして毎晩、悠久は私を抱く。

 お互いが確かに腕の中に存在しているのだと、確かめるように。

 互いの熱や汗の匂い、重み、瞳の奥に揺れる自分の姿。

 全身と全神経で互いを感じ、ようやく眠りにつく。

 それでも、ほんのわずかな時間でも、姿が見えないと不安になる。

 タガが外れたなんて言葉では表現できないほど、互いを求め合っていた。

 その証拠に、先にベッドを出てシャワーを浴びる私を追ってきた悠久は、壁に手をつくようにと言った。

「悠久! こんなところで――」

「――ダメ?」

「だめぇ……」

 バスルームに自分の嬌声が響き、恥ずかしくなる。

 私たちの横からシャワーが音をたてて飛沫を吐き出し、私たちの身体に跳ねる音と共鳴するけれど、それでも私の声の方が響く。

 壁の向こうの隣室は、今は空室のはず。

 そうはわかっていても、こうしたウィークリーマンションはいつ誰が入居して、いつまで住むのかもわからない。

 昨日までは出張中のサラリーマンで、明日からは地方からやって来た就活生が住んでいるかもしれない。

 とにかく、この瞬間も絶対に空室とは限らないのだ。

「お願――い……」




 今、願いを口にしたら、彼は応えてくれるだろうか……。



 札幌に来てから、彼に抱かれる度にそう思っては、飲み込んできた言葉。

 驚くだろうか。軽蔑するだろうか。喜んでくれるだろうか。

 なけなしの理性が葛藤し、今日もその言葉を飲み込んだ。

 彼の両手が私の腰をきつく抱く。



 このまま、離さないで――。




「盛ってばっかでごめん」

 私は首を振る。

「いいの……。嬉しいから」

 ようやく呼吸が安定し、私は首を回して悠久を見た。

「けど、今はちょっと立てないみたい」

 腰が抜けたというか、痺れたというか、力が入らない。

 悠久は気まずそうに苦笑いすると、私を抱き上げてバスルームを出た。

 彼にされるがままに身体を拭かれ、パジャマを着せられ、髪を乾かしてもらった。

 恥ずかしいのはやまやまだが、抵抗できる力が残っていない。

 寝る準備万端でベッドに下ろされた時には、瞼が重くなっていた。

「楽?」

 悠久の肩に頭を載せて目を閉じていた私は、ほんのわずかに瞼を持ち上げた。

「やっぱり、ちゃんと部屋を借りて暮らさないか?」

 ウィークリーマンションを更新するかを相談した時、悠久は仮住まいではなくアパートかマンションを借りて腰を落ち着けたいと言った。

 それでも、ウィークリーマンションを更新したのは、私が望んだから。

「違う場所に……行きたくなるかも――」

「――その時はその時でいいだろ」

「長い旅行気分でいいじゃない」

 悠久はそれ以上何も言わなかった。

 私は彼の鼓動を聞きながら、瞼を閉じた。



 ごめんね、悠久。



 悠久の気持ちは嬉しい。

 二人の居場所を作ろうとしてくれている。

 けれど、私はそれを作るのが怖い。

 帰る場所が出来てしまったら、帰れなくなった時がツラいから。

 間宮の家がそうだった。

 あの家は私にとって、悠久との思い出の場所で、帰るべき場所。

 だから、間宮の家で一人で暮らすのは苦しかった。

 この世に一人きりなのではと錯覚してしまうほどに孤独だった。

 そんな場所を増やしたくない。

 今の私たちに必要なのは場所じゃない。

 二人が手の届くところに存在すること。



 悠久の腕の中が、私の居場所だから……。



「いつか、あの家に帰ろ……?」

 意識を手放す直前、とても小さな声で呟いた。 
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