楽園 ~きみのいる場所~
4.男としての価値



 墓参りを終えて車に戻った俺と楽は、シートを倒して横になっていた。

 墓に供えた菓子を食べて、程よく腹が満たされて眠気がさした。

 楽は、俺に眠っていていいと言ったけれど、目が覚めたら家に到着していそうで嫌だった。

 どうせ墓の駐車場(ここ)には俺達しかいない。

 楽が借りた車は、二列目のシートも倒すと足が伸ばせるほどの広さで、二人の間にはわずかな隙間があるだけ。

 俺たちは向かい合って横になっていて、天気が良くて良かったなんて話していた。

「今日、ありがとう」

「え?」

「墓参り出来て、良かった」

「はい」

 ポツ、ポツ、と屋根を叩く音がして、楽が顔を上げて外を見る。

「雨……」

 すぐにバタバタバタッと大粒の雨が激しく車全体に落ちてきた。

「濡れなくて良かったな」

「そうですね」と言って、楽が頭をシートに下ろした。

「止むまでこうしてよう」

「……はい」

 楽は用意周到に座布団やタオルケットを積んできていて、目を瞑ればすぐにでも眠れそう。けれど、俺も楽も向かい合ってお互いを見つめたまま、眠ろうとしなかった。

 通り雨、にしては一向に雨足が衰えない。

「折角の初デートだったのにな」

 二人でいながら、独り言のようにつぶやいた。

「迷惑だった?」

「……?」

「デート、とか言って」

「いいえ?」

「女に運転させるとか、デートなんて言えないよな」

「運転、嫌いじゃないので」

 楽は顔色を変えずに言った。

 慰めの言葉なんかじゃなく、本心なのだと感じた。

「敬語、取れないね」

「……すみません」

「馴れ馴れしいの、嫌?」

「そうじゃないん――そうじゃなくて、慣れてなくて」と、楽が言い直す。

「癖みたいなもので」

「そっか」

 嫌がられているわけではないとわかり、ホッとした。

 静かな車内に響くのは、ひたすら車体に打ちつける雨音だけ。耳鳴りのように、鼓膜を震わせ、脳を刺激する。

 聞こえるのは雨音だけ。見えるのは彼女だけ。

 まるで、この世に二人きりのように感じる。

 今なら、何をしても許されるんじゃないかと錯覚してしまう。

 俺は左手を伸ばし、シートに置かれた彼女の手の三センチほど手前に置いた。

 手を伸ばした時、彼女はわずかに眉をひそめ、手を止めた時、わずかに安堵した。

「俺との生活、嫌になってない?」

「なって……ない」

「どうして?」

「え?」

「他人と一緒に暮らして、世話をするなんて、普通は嫌がるんじゃない? まして、義理の姉弟なんて関係で、なのに同じ年で。金にはなるだろうけど、使う暇もないんじゃ――」

「――嫌になんかなってません!」

 そう言うと、楽は三センチの距離を飛び越えた。俺の手を握り締める。

「居場所を……くださって、感謝しています。私、悠久さんのお役に立てるの、嬉しいです。お金の為……もあるけど、それだけじゃなくて――」

「――感謝しているのは、俺の方だよ」

 彼女があんまり必死になって言うから、照れてしまった。金が絡んでいるとはいえ、ここまで献身的に尽くしてくれる女性は初めてだ。

 彼女に見つめられると、触れられると、勘違いしそうになる。

 彼女が俺の世話をするのは、居場所がないからで、仕事でもあって、義理とは言え弟だからであって、それ以上の感情なんかない。

 わかっているのに、勘違いしたくなる。

 それだけじゃないんじゃないか、って。

 それだけじゃなきゃいいのに、って。

 一昨日読んだ小説のせいかもしれない。
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