楽園 ~きみのいる場所~
10.離婚届と母子手帳
婚姻届を書いた夜から、俺たちが触れ合う時間は増えた。
本を読んでいる時もテレビを見ている時も、くっついている。
今、こうして互いの体温を感じられる今が、夢ではないと確かめるように。
夜はもちろん、毎晩一緒に寝る。
俺は楽の素肌に触れ、楽は俺の素肌に触れる。
最後までデキなくても、楽の感じている顔を見られたら嬉しいし、楽もまた自分の愛撫に俺が少しでも反応を見せると嬉しそうにする。
「緊張してる?」
いつものように触れ合った後、いつまでも目を閉じない俺に、楽が聞いた。
「してる……かな」
俺は素直に答えた。
「私も……してる」
楽も言った。
数か月前、同じように二人で横になって見つめ合った時のことを思い出した。
墓参りで大雨に降られた時。
初めて、楽を好きだと口にした。
あの時、触れたいのに勇気がなくて伸ばした手を寸前で止めた。それを、楽が握り締めてくれた。
俺は、彼女の髪に指を絡めた。
今は、触れられる。
楽も触れてくれる。
「ね、今日は私に抱き締めさせて?」
そう言って、楽が枕の横に腕を伸ばした。
俺は少しだけ迷って、彼女の腕に頭を載せた。正確には、彼女の腕は俺の首の下。
「敬語……じゃなくなったな」
「え?」
「いや……」
墓参りの時は、なかなか敬語が抜けない楽が、俺をどう思ってくれているのかわからなくて、もどかしかった。
俺はあの頃の気持ちを思い出して、フッと笑い、彼女の胸に顔を寄せた。
「腕枕なんて、子供の頃以来だな」
「彼女にしてもらったことなかったの?」
「ない」
「……そっか」
楽の息が弾み、俺の髪を揺らす。
今夜は眠れないと思った。
無理にでも眠らなきゃ意地になって、楽に無理をさせた。
楽の鼓動が鼓膜に直接届く。
ドクン、ドクン、と規則正しい彼女の鼓動に、自然と瞼が重くなる。
「調停では、萌花と顔を合わせることはないんでしょう?」
「ああ」
「弁護士さんもいるし」
「うん」
「大丈夫」
「……うん」
彼女の温もりと鼓動に包まれて、俺はようやく眠りについた。