楽園 ~きみのいる場所~
11.悪魔のシナリオ
帰って来たままの格好で、俺と楽はベッドに横たわっていた。
何も言わず、ただ震え、縋る俺を、楽は黙って抱きとめてくれた。
どれくらいそうしていたか、ようやく身体の震えが治まり、純粋に彼女の腕の中の温かさに浸っていた時、ジャケットに入れっ放しだったレコーダーの存在を思い出した。
徐に身体を起こし、ポケットを探る。
レコーダーは八時間録音可能で、未だに録音中の赤いランプが点灯していた。
一緒に起き上がった楽の肩に腕を回し、離れてしまわないように抱き寄せた。
「悠久?」
「これ、聞いて」
俺は再生ボタンを押した。
こんなものは聞かせたくない。俺だって聞きたくない。
が、萌花との会話を冷静に伝えられる気がしなかった。
いずれ裁判になった時、有利になればと岡谷さんに勧められてした録音だったのに、きっと裁判は開かれない。
じっと耳を澄まして聞いていた楽が、萌花の言葉に、俺のジャケットを握り、肩を震わせた。
俺は少し冷静になれたのか、流れる自分と萌花の会話が、どこか他人事のように思えた。
俺にしがみつく楽の髪に指を絡ませながら聞く程度には、余裕があった。
さっきは、恥ずかしいほど取り乱していたのに。
つい一時間ほど前のことだというのに、タクシーの料金も、いくら払ったのかも、お釣りをもらったのかも覚えていない。覚えているのは、とにかく寒くて息苦しかったこと。
なのに、楽の顔を見て、この腕に抱いた途端、彼女から体温を奪ってしまったのかというほど急速に身体が温かくなり、呼吸が楽になった。
『早く帰って来てね、あなた?』
俺はもう一度再生ボタンを押し、停止させた。
「ひどい……」
今度は、楽が青ざめ、身体を凍らせていた。
俺は彼女を強く抱き締め、その唇に自身のそれを重ねた。
目は、閉じなかった。
キスをしながら、俺たちは見つめ合ったまま。
キスの相手が確かに互いなのだと、視覚でも安心したくて。
俺たちは、いつもそんな余裕のない気持ちを抱えている。
それは、突然大切な人を失う悲しみを、突然人生の終わりに直面する恐怖を知っているから。
一緒にいられる一分一秒も、当たり前ではないと知っているから。
「調停、やめるの?」
長いキスの後で、楽が聞いた。
「弁護士に相談してからだけど、多分。このままは続けられないと思う」
調停自体を諦めないにしても、子供の存在がある以上は、養育費なんかが絡む。
それ以前に、子供が俺の子でない以上、まずはそれを証明しなければならないだろう。
考えるほど、気が滅入るし、腹が立つ。
「子供……なんて……」
「萌花が母親だなんて、ゾッとするな」
あの魔女のような爪が赤ん坊の柔肌を傷つけるのは必至だろう。
それ以前に、萌花が赤ん坊に母乳を与える姿など、想像も出来ない。
「とにかく、俺の子供じゃない以上――」
「――心当たり……ある?」
「え?」
「子供の父親……」
「さぁ、な」
俺はようやく、着ていたジャケットを脱いだ。ベッドの、足元に放る。