楽園 ~きみのいる場所~
13.結婚指輪




 恰好をつけていいホテルに入らなくて良かった。



 楽の寝顔を見ながら、そう思った。

 まさかデキるとは思っていなかった。

 それでも、一秒でも早く彼女に触れたくて、空港から札幌に向かうタクシーの中から最初に見えたラブホテルで降りた。

 初めて入った楽は少し緊張気味だったが、幸いにもいかにもな雰囲気ではなく、ホッとしたようだった。

 疲れ果ててぐっすりと眠る彼女を残して、シャワーを浴びた。興奮がくすぶっていて、とても楽の隣で眠れる状態じゃなかったから。

 聞きたいこと、話したいことがたくさんあるのに、空港で彼女を見たら、触れたら、全部どうでも良くなった。

 強く抱き締め、先に到着していた彼女が買った札幌行きの最終便に乗った。

 お互いに、何も話さなかった。

 ただ、強く手を握り、寄り添って、遠ざかる東京を眺めていた。

 継母である征子さんから食事に誘われたのは、今日の――昨日の午後。

 冗談じゃないと断ろうとしたら、先手を打たれた。

『先日、萌花さんのお姉さまをお見かけしたの。男性とご一緒でしたけれど、再婚のご予定があるのかしら? 萌花さんから聞いていらっしゃる?』

 楽が男と会っていた。

 征子さんの言葉など嘘かもしれない。

 そう思うのに、俺は激しく動揺した。

 しかも、楽の離婚は、楽の親も知らないはず。

 なのに、『再婚』と言った。

 彼女の目論見を探るためにも、俺は誘いを受けた。

 恐らくは、楽とのことをネタに、俺を後継者の座から退けたいのだろう。

 俺が明堂家に入ったことが気に入らないのは、最初からわかっていた。

 が、食事の席についても征子さんはくだらない世間話ばかりで、一向に本題に入ろうとしない。

 三十分ほどして、ようやく彼女が食事の手を止めた。

『あら、やだ、スカートにシミが。いつつけてしまったのかしら。ごめんなさい。少し失礼しますね』

 そう言って立ち上がった彼女のくすんだピンクのスカートには、シミなどなかった。

 訳が分からずにいると、ヴーヴーッとバイブ音が聞こえた。

 征子さんがスマホを置きっぱなしにしているのだろう。

 俺は、家に戻ってからスマホを取り上げられていた。仕事に使用するパソコンも、ネットには接続しておらず、完全に外界との繋がりを遮断されている。そのせいで、楽にも連絡できなかった。

 音の所在を確認すると、征子さんがバッグを置いていた椅子の上だった。案の定、スマホが置かれている。その下に、紙が敷かれていて、不思議に思った。

 だから、それらを手に取った。



 な――っ!



 紙だと思ったものは写真。

 楽が、男と向かい合って食事をしている。

 征子さんの言ったことは本当だった。



 楽――!



 離れて二か月間、一度も連絡できなかった。

 愛想を尽かされても仕方がないのかもしれない。

 けれど、俺は毎日彼女を想い、寂しさに息を詰まらせていた。

 常に監視され、言いなりに仕事をして、家に帰ると妊娠のストレスに喚く萌花がいる。

 地獄のような日々。

 終わりも、救いも見えない。



 楽は、違ったのか……?


< 99 / 167 >

この作品をシェア

pagetop