天敵御曹司は政略妻を滾る本能で愛し貫く
入籍前の決意
▼入籍前の決意 

 着物の柄には、それぞれ意味がある。
 羽ばたく鶴は長寿、美しく艶やかな牡丹は高貴さ、華やかに咲き乱れる桜文は豊かさを表す。
 私は今、水の流れを美しく表現した、観世水の柄の着物を身につけ、鏡の前に立った。通年着られるように、四季の草花が一緒に描かれている。
 長い黒髪を低い位置でシニヨンにした強張った表情の自分と、じっと対面する。
 自分の真顔はやたらと不愛想に見えてしまうので気をつけてはいるが、こればっかりは母親譲りなので仕方がない。
 この柄の意味は――〝変わり続けていく未来〟だ。
 私は、絶対に自分の未来を自分で変えてみせると……、水の流れをここで途絶えさせたりはしないと、八年前に誓った。
 伝統ある和裁士としての誇りを持ち、雪島家の名に恥じない生き方をしていくと。
「見ててね……お母さん、お父さん、おばあちゃま……」
 そばにあった仏壇に飾られている、三人の写真に向かって静かに手を合わせた。
 両親は幼い頃に事故で亡くなり、育ての親であった祖母も、八年前に病死した。
 誰もが私を哀れんだけれど、私には和裁士としての仕事と、家族のためにやるべきことがあったから、下を向いている暇はなかった。
「しばらく家を空けますが、必ず戻ってきます」
 ひとりで住むには大きすぎるこの平屋で、私はゆっくり頭を下げる。
 伝統的な和裁士として活動してきた雪島家の長女である私は――、今日からまだ見ぬ夫の家で暮らす。
 望まぬ結婚だったけれど、心は至って穏やかなままだ。
 私はこれからも、自分自身と向き合うように、着物と向き合う。
 結婚ごときで、大好きな祖母から受け継いだ伝統を途絶えさせるつもりはない。
 そのために、きっちり誇りを取り戻してみせよう。
 たとえ、離婚前提の結婚をしてでも。必ず。



 相良優弦との結婚は、私が生まれた瞬間に決まっていた。
 代々医者の家系である相良家と、代々和裁士である雪島家の縁は根深く、明治時代にまで遡る。
 相良家に雪島家の長女を嫁がせる。そんな約束を、信じられないことに長年守ってきたというのだ。
 雪島家になかなか女の子が生まれなかった関係で、私が生まれるまでこの約束が果たされることは無かった。
 このまま風化していくと思っていたのに、私が生まれたことを知った相良家は、『約束は果たしてもらう』と迫ってきたのだ。
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