妖怪ホテルと加齢臭問題(天音と久遠)

天音の決断


数日後
天音は、認知症の母の入居している施設に、面会に行った。

母が車いすで、玄関で待っていてくれた。

そして、笑顔で天音に向かって、
「いらっしゃいませ」と言った。

娘の顔が、もうわからないのだ。
母の記憶は、
女将だった時に留まっている。

プーッ、プーッ
スマホのマナーモードの振動が、あった。見ると、
近藤からの着信が入っていた。

天音は、ゆっくりと母の車いすを押して、中庭に出ると、スマホを取り出した。

ツー・・ツー

呼び出し音が鳴っている。
「はい、近藤ですが・・」

天音は、一呼吸おいて
「紅葉旅館の三角です。
お電話を、いただいたようで・・」

「わざわざ、ありがとうございます。
売却の件で、ご連絡差し上げたのですが・・」

その時だった。

「いらっしゃいませ!!!」
母が、施設の職員に向かって、
大声で叫んだ。

天音はその声に驚いて、息を呑んだ。

「三角さん?・・・・」
電話口で近藤が、何か言っている。
天音は思わず、言ってしまった。

「・・・売りません・・
旅館は・・」
< 50 / 59 >

この作品をシェア

pagetop