とあるヒロインと悪役令嬢の顛末



私が、能力(ギフト)に気がついたのは、お恥ずかしい話ですが6年前の、私が18歳の時です。
転移して来てから3年程の時間が経っていました。

春の魔術実習で1週間、魔法魔術科の皆様と寝食を共にしましたでしょう?
その最終日に、アレクサス侯爵令嬢が私に話しかけて来られたのです。

ええ、あのアレクサス侯爵令嬢イェーナ様です。
信じられないでしょう?
あれだけ私のことを嫌っていたのに。

今思えば無理もありません。
ご婚約者のレストール公爵令息アルバート様と、親しくさせていただいていましたから。

こちらの世界に召喚された直後の魔獣の大規模侵攻(スタンピード)を抑えたことで、私は『聖女』の称号を受けました。
『聖女』の後見を代々の役目の一つとされていた妃殿下の公爵家に養女として迎えられ、公爵令嬢となり、色々と淑女教育をしていただきましたが、ついつい前の世界での人との距離感が抜けず、あらぬ誤解を受けているのだと思っていたのです。

でも、何度も説明したりお話をすることで、他の皆さまは『理解』をしてくださいましたから、この世界でもそれで良いのだと思っていたのです。

皆さま、少しお話すると、私に好感を持ってくださる。
私は、それを当たり前なこととして受け止めていましたが、アレクサス侯爵令嬢や幾人かのご令嬢は、私を嫌っていらしたままでした。

私は、この実習で、私を嫌う方々の誤解を解こうと、しつこく話しかけました。

結果として1週間以内に、私を嫌っていたはずの皆さまが、私に『にこやかに話しかけて』くださるようになりました。



……ええ、あまりにも不自然です。
あれだけの憎しみが、1週間ほどで消えるものなのか。
本当に、何事も無かったかのような振る舞いに、私の方が酷い違和感を覚えました。


私の以前いた世界に、物語の本がたくさんありました。
その中に、この違和感に合致する能力がありました。それが『魅了』という能力でした。

確認のため、申し訳なかったのですが、公爵邸の使用人の方に、意識して能力を使わせてもらいました。
私に良い感情を持ってなかっただろう人に、どうしたら魅了をかけられるのか。

結論から言うと、身体の一部に触れるのが一番効果的でした。
身体に触れると、1分もあれば魅了にかかってしまいます。

あとは、同じ空間に3時間以上居続けると、少し弱いですが掛かってしまうようでした。
近くに居れば居るほど、掛かる時間は短くて済みました。
隣に座ると、連続40分程でほとんどの方は私に好意を抱きました。

でもーーそれに気がつかれたということは、妃殿下はもしかして『転生者』ですか?
ーーやっぱりそうなんですね。
え、この世界のことを書いたラノベがあったのですか?
それは知りませんでした。

! 一妻多夫のお話ですか、逃げて正解…ゴホン。失礼いたしました。

とにかく、自分が無意識のうちに振りまいた能力のお陰で、無理矢理人の意思や想いを捻じ曲げて、好意を向けて貰っていたんだと理解すると、酷い寒気がしました。
そして、成程私の存在は、妃殿下やアレクサス侯爵令嬢、私が親しくしていた令息の婚約者の方にとって、まさに災厄でしかないことに気がつきました。

皆さま、以前は婚約者の方と仲睦まじくされていたと伺いました。
ええ妃殿下、皇太子殿下のあの時の状態は、私の能力による不自然なものなのです。
もちろん、他の令息の皆様もです。

令息の方がかかりやすいのは、おそらくダンスの授業のせいです。
必ず身体に触れますもの。
そして、一度かかると、あちらから触れてこられることが増えます。
私に触れることは、おそらく麻薬のような効果があるのです。
ええ、勿論女性にも効果があります。
私、よく色んな方に髪を整えていただいていたでしょう?
よく「結わせて」と頼まれていましたの。


ーーともかく、自分なりに検証を進めて、近いうちに公爵邸を出て行かなくてはいけないという結論に至りました。
私には、恩を仇で返すことはできなかった。
転移してきて、何も分からない、自分だけで生きていくことも危うかった私を受け入れてくださった方々に、害をなすなんて嫌だと思ったのです。

手紙も残さず消えてしまったこと、酷くご心配をおかけしたこと、改めて深くお詫びいたします。




…ああ、泣かないでください。
魅了も効いていなかったのに、貴女は私にとても優しくしてくださった。
そして、いつも義妹として心配してくださった。
だから、何も残すことなく去ることを選びました。

私の事を早く忘れて、私がこちらの世界に来る前に戻って欲しいと思ったから。



私はきっと、皇太子殿下や親しかった令息様方よりももっともっと、妃殿下や公爵家の方々のことが大好きで大切だったのです。





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