俺様御曹司が溺甘パパになって、深い愛を刻まれました
無事にお風呂掃除を終え、館内の見回り点検をしているときに事件は起こった。


「お願いします! 他に行くところがないの」


フロントには若い女の子と、制服姿のおじさん、今夜の夜間フロント担当の若林がいた。
若林は20代後半で美夜と歳は変わらないが、本社からの出向で、旅館勤務はまだ1年。
経験は浅い。捌ききれないトラブルなようで、三者三様に困っていた。


「どうしたんです?」

音夜が声を掛ける。


「あ、美才治さん、すみません。こちらの方がいまいらして、ご宿泊をご希望で……」


もう22時半を過ぎている。こんな時間に突然来たので勿論予約のないお客様だ。


「泊まっても泊まらなくてもどっちでもいいですけどね、こんな所まで運転させといて、支払いはちゃんとしてくれないと困るんですよ」

「あなたは……」

「タクシー会社の方です」

若林が代わりに応えた。


「山の麓の駅からだけどさ、ここの旅館までくれば親が居るって言い張るから、連れてきたんだよ。
いざ来てみたら親もいないしお金もないって言うじゃないか。有料のスカイラインも通ってきたのに、冗談じゃないよ。家出の無賃乗車なんて、警察に突き出してやるって言ってるんだ」


タクシーのおじさんはかなり苛々としていた。興奮しているのか、声が大きい。

館内にいくつかあるお風呂を、ゆったりと楽しむために、まだ起きているお客様も多い。
警察沙汰は目立ってしまうし、なるべく避けたかった。旅館の顔となるフロントで、騒ぎを大きくするべきではない。
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