俺様御曹司が溺甘パパになって、深い愛を刻まれました


旅館の朝は早い。


勤務は三部制で、おおよそ4時、5時、6時と出勤時間がずらされている。
美夜は僅かに震えたスマホのバイブをすぐに止め、出勤の準備をするためにひっついて寝ている夜尋(やひろ)を起こさないように、そっと布団を出た。


自分の半分ほどの大きさしかない手が、寝間着を掴んでいた。毎日のことなのに、毎朝温もりを名残惜しく感じるのはなんでだろう。ああ、可愛い。毎日何度も感じることだった。ぷにぷにとした感触を堪能してから、ゆっくりとその手を剥がした。

出勤の支度と言っても、顔を洗って作務衣を着るだけ。朝一番の仕事は宿泊者の朝食の支度なので、ほぼすっぴんで作業するだけだ。



星林亭(せいりんてい)は、満天スカイラインという有料道路を通らないとたどり着かない山奥の旅館で、スーパーへの買い出しには片道二時間かかる。
その名の通り、夜は満天の星が見え、流れ星が沢山観測できることで有名な地域だ。


旅館は『(あめ)の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ』という、万葉集の歌集からとって星林亭と命名されているらしい。

満天の星が散りばめられた空を、星の林と例えた美しい詠だ。


流れ星をカップルで見ると成就するという、ロマンチックな話も密かにあり、恋人達のプロポーズの舞台に選ばれることも少なくはない。

そんな天空の城のような立地で住み込みで働いているため、美容院へ行けるのは半年に一度。

真っ黒ストレートに伸びきった髪を軽く梳かしてひとつにくくった。2カ月毎に染めて、毎朝コテで巻いていた頃が懐かしい。
目にかかってきた前髪は横分けにして流している。

うつむいてやる作業が多いから、そろそろ邪魔になってきていた。前髪だけでも自分で切ってしまおうか。
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