妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~

7.妃と皇太子の攻防

(悪夢だ)


 妃としての『凛風』に与えられた宮殿で、わたしは憂炎と二人向かい合う。凛風として憂炎と対峙するのは実に3ヶ月ぶりのことだ。侍女たちが嬉々として茶を用意してくれているが、正直言ってそれどころじゃない。わたしはこめかみに青筋を立てつつ、憂炎に向かって微笑みかけた。


「――――一体全体、急にどうなさったんです? もうここにはいらっしゃらないかと思ってましたけど」


 幸い、今のわたしはわたし自身――――凛風としてここにいる。淑女ぶったりせず、存分に言いたいことが言えるのは有難い。嫌味だろうが苦情だろうが、何でも言い放題だ。


「自分の妃の宮殿に通って何が悪い。大体、全部おまえのせいだろう?」


 憂炎はため息を吐きつつ、わたしのことを睨んだ。むすっと唇を尖らせたその表情は、実年齢より大分幼く見える。皇太子になったっていうのに、『凛風』に見せる本質の部分は何も変わっていないようだ。


「わたしのせい? 一体わたしが何をしたって言うんだ」


 わたしはそう言って、憂炎を睨み返した。

 華凛に限って下手をやらかすとは考えづらい。第一、入内して以降憂炎は後宮に通っていなかったのだ。一体いつ、どんなタイミングで、『わたし』が何をしでかしたのか詳しく教えてほしい。
 けれど憂炎は再び大きなため息を吐くと、そのまま口を噤んだ。どうやら教えてくれる気はないらしい。


(面倒くさいなぁ)


 長椅子に凭れ掛かったまま、憂炎は真っ直ぐにこちらを見つめてくる。目を背けたいけど、そうすると負けたような気がするので、必死に憂炎を睨み返す。


(それにしても憂炎の奴、一体いつ帰る気だろう?)


 チラリと窓の外を見ると、空は綺麗な藍色に染まっていた。星が煌めき、月が輝く。もうすっかり夜だ。早く帰ってもらわないと困る。すっっっっっっごく困る。
 たまたま華凛と入れ替わっただけのこんなタイミングで、もしも憂炎がその気になったりしたら――――――考えるだけでおぞましい。


「なぁ……仕事――――忙しいんだろう? さっき華凛が言ってた」


 暗に『帰れ』と促すため、わたしはそんな話題を持ち掛ける。


「…………まぁ、そうだな」

(まぁ、そうだなじゃない!)


 毎日毎日残業続きで眠そうにしていることをわたしはこの目で見ている。憂炎の執務室には今日も大量の書類の山が積み上がっているだろう。あまりの腹立たしさに、わたしは眉間に皺を寄せた。
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