妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~

8.紅い瞳に囚われて

 寝台の縁に腰掛け、わたしは一人、項垂れていた。

 折角の豪華な食事も、残念ながら全く味がしなかった。対する憂炎は厭味ったらしいほどに食事を楽しんでいたから腹が立つ。
 食事の後も、侍女達から風呂でしこたま身体を磨き上げられたせいで、寧ろ疲れた。花びらをたくさん浮かべた良い香りのするお湯だったのに、ちっとも堪能できなかった。


(それもこれも、全部憂炎のせいだ)


 本当だったらわたしは今頃、このふかふかの寝台で眠っていた。数日だけなら華凛と入れ替わる生活も悪くないかも、なんて笑いながら、今日という一日を穏やかに終えるはずだったんだ。

 それなのに、今のわたしはまるで、死刑執行を待つ罪人のような気分だった。憂炎の馬鹿が来たから――――ここに泊まるなんて言うから。


(くそっ)


 こんな筈じゃなかったのに――――そんな風に思ったところでもう遅い。


(こっそり抜け出す……のはやっぱり無理そうだなぁ)


 部屋の外には侍女や宦官が控えていて、わたしのことを監視している。正直、彼等を物理的に落とすのは簡単だけど、父を巻き込んだ大問題に発展してしまうのは間違いない。『妃が夜伽を拒否して逃げ出した』なんて、本気で数人の首が飛ぶ事案だ。だからこそ、憂炎には自発的にお引き取り願いたかったんだけど。


(――――華凛のお願いなんて聞くんじゃなかった)


 いけないとは思いつつ、ついついそんな風に考えてしまう。
 もちろん、華凛に申し訳ないことをしている自覚はある。だけど、『凛風』として入内することは、華凛自身も望んでいたことだ。わたしだけが悪いわけじゃない。
 それに、もしも今日わたしたちが入れ替わっていなかったら、華凛の退屈な日々は終わるはずだった。憂炎の妃として、名実ともに立てる筈だったのだ。


(本当に、なんでこのタイミングなんだよ)


 そう思うと盛大なため息が漏れる。これが昨日か、三日後であれば何の問題も無かった。己の不運を――――いや、全ての元凶である憂炎を呪わずにはいられない。

 その時、微かに戸の開く音が聞こえた。この部屋に入ってくるのは間違いない――――憂炎だ。途端、わたしの心臓は恐ろしいほどに早鐘を打つ。ブルりと身の毛がよだち、ソワソワとして落ち着かない。
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