妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~

9.今日もまた、夜が来る

 瞼を開けると、そこには見慣れぬ天井があった。
 いつも使っているよりずっとふかふかの敷布と豪奢な寝台。窓からは眩い光が射し込んでいる。


(もう朝か)


 そう思ったけれど、外の様子や太陽の射し込み方を見るに、実際は昼に近いらしい。どうやら随分長い間眠っていたようだ。
 起きなきゃいけないと思っているのに、身体が言うことを利いてくれない。全身に燻った熱、中心の鈍痛がこれは現実だと教えてくれた。


(憂炎のバカ野郎)


 隣には人一人分の空いたスペース。昨夜わたしを良いように扱った男が眠っていた跡が残っている。まるで存在感を主張するかの如く、昨日覚え込まされたばかりの憂炎の香りが残っていて、なんだかとても腹立たしい。


(でも、あいつがいなくて良かった)


 あんなことをしてすぐに、憂炎と普通に接する自信がわたしにはない。
 ずっと従兄弟だと思っていた。好敵手だと思っていた男に欲をぶつけられて、自分が自分じゃないみたいになって。恥ずかしくて堪らないし、物凄く居た堪れない。
 憂炎の紅い瞳を思い出すだけで、身体の中の熱が一気に再燃するかのようだった。


(やめやめっ。こんな場所にいるからいけないんだ)


 首を横に振りつつわたしは身体を起こした。
 遠くに投げ捨てられた寝着を拾い、袖を通す。胸元に散らばった幾つもの鬱血の痕。肌を吸われた時のチリチリと痺れるような感覚を思い出し、強い敗北感を感じる。手首だってそう。あいつに押さえつけられた所が未だヒリヒリしていた。


(全然敵わなかったなぁ)


 あいつが望んだ以上、そういう行為を拒否できないことは分かっていた。身代わりになってくれる筈の華凛は居ないし、他に逃げ道も無かったから。
 だけど、せめてもの抵抗で、憂炎の好き勝手にはさせないって――――わたしにはそれが可能だと思っていた。
 だけど実際は違ってた。ちっとも歯が立たなくて、全部晒されて、翻弄されて。正直言って悔しくて堪らない。

 ふと見れば、寝台の側にある卓の上に丁寧に畳まれた紙が置かれていた。開いてみると、そこには見慣れた憂炎の文字が並んでいる。歯の浮くようなセリフが並んでいたら嫌だなぁなんて思っていたけど、そこは憂炎。書かれていたのはたった数文字だけだった。


『また今夜』


 シンプルかつ、誤解のしようもない憂炎の手紙。


(そうか……あいつ、今夜も来るのか)


 腹立たしいことに、そんな数文字にすらわたしの心臓は反応してしまう。

 嫌なのに。嫌で嫌で堪らないのに、憂炎の温もりや眼差しを思い出して、身体が疼く。
 華凛が後宮に戻ってくるのは二日後。連絡を取ろうにも、手紙は中身を確認されてしまうし、約束を違えるのは気が咎める。事態が変わったと知れば、華凛は許してくれるかもしれないけど、伝える術が無いのだからどうしようもない。


(一体、どこで間違ったんだろうなぁ?)


 深いため息を吐きながら、わたしは頭を抱えた。
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