妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~

16.後の祭り

 翌朝、わたしは少しだけドキドキしていた。
 『華凛』として憂炎の前に立つのは実に二ヶ月ぶりのこと。しかも、父のように久しぶりに顔を会わせるわけじゃなく、相手は『凛風』として毎日会っていた憂炎だ。


(まぁ、見た目じゃ絶対バレないだろうけど)


 わたしたちの入れ替わりは、今まで誰にもバレたことがない。

 わたし達姉妹は、これまで何度となく入れ替わりを経験してきた。
 けれど、父も母も、侍女たちだって、わたしたちの入れ替わりに気づかなかった。だから、外見や風貌でバレることはないは筈だ。

 どちらかというと、仕事で使い物にならないことの方が心配だった。
 
 わたしが華凛として憂炎の側で働いたのはたったの一週間。残念ながら仕事を覚える時間なんて無かった。
 それに対し、わたしが暇でたまらない後宮生活を送っていた二か月間もの間、華凛は憂炎の補佐として忙しく働いていた。昨日までできていたことができないせいで、怪しまれるなんてことはあっちゃいけない。


(なんかあったら『ウッカリ間違えた』って言って乗りきろう)


 華凛に激甘な憂炎なら、それで見逃してくれるはずだ。きっとそうに違いない。

 そう思っていたのだけど。



「遅かったな」


 執務室に到着したわたしを待っていたのは、満面の笑みを浮かべた憂炎だった。華凛に会えたことを喜んでいるのだろうか――――そう思いたいけれど、背後に漂うオーラは何やらどす黒い。
 憂炎はわたしの手を取ると、ゆっくりと目を細めた。


「昨日は疲れただろう? 俺への挨拶もなしに帰ってしまうぐらいに」

(ん?)


 発言の中に仕込まれた棘を敏感に察知しながら、わたしは急いで頭を下げる。


「もっ、申し訳ございません。忙しそうにしていらっしゃいましたし、声を掛けるのが忍びなくて」


 本当は入れ替わってすぐに、あいつと対峙する自信がなかっただけだ。万が一バレて、後宮に連れ戻されたら嫌だし。何より心の準備が出来ていない。

 長椅子に誘導され、わたしは憂炎の隣に腰掛ける。
 何だろう。やっぱり目が笑っていない。心臓に掛かるプレッシャーが凄まじかった。


「そうか……そうだね。つまり、ちゃんと声を掛けやすい雰囲気を作っていなかった俺が悪いんだよね」

「なっ⁉」


 思わず素になりかけて、わたしは必死に口を噤んだ。
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