政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
第十二章
クリスティアーヌの父と母のことについては私には何もできることがなく、任せてくれと言うルイスレーンを信じることにした。

その日私はナタリーとスティーブを伴いニコラス先生のところを訪れた。

例のお金の使い道について考えたことを提案して、諸々の了承をもらうためだ。

そして皆に私がクリッシーでなく本当は誰であるかを告げるつもりだった。

「診療所と保育所の間に園庭をか……草ばかり生える庭だから、何かしなくてはと思っていたから、やるのはやぶさかではないが、確かにこれを全部やったらいくらいるのか、私にもわからんな」

ニコラス先生は私の考えを認めてくれたが、やはり先立つものはお金。ルイスレーンの言うとおり私も先生もその点に関してはまったくの素人だ。

「先生が懇意にしている方があれば、そちらの職人の方に頼んでもいいとは思いますが、夫の方で手配してもいいでしょうか」
「ああ、生憎そんな知り合いはいない。そちらに任せるよ。その方が君もやりやすいだろ」
「では、先生がそうおっしゃったと夫に伝えておきます」
「頼むよ……ところで」

ニヤニヤと先生が私の様子を見て笑った。

「何ですか?」

「いや…さっきから夫、夫と……侯爵とうまくいっているようでよかった。ちゃんと夫婦としてうまくいっているようだな」
「え……!あの、それは建て前上……あの人は夫で……その……先生から見て私……何か変わりましたか?」

どきりとした。普通にしていたつもりだが、気持ちの変化が先生にはわかったのだろうか。

「どうかな……この前ここに来た時は、もう少し悲壮感があったが、今は何だか晴れ晴れしているな。詳しくは聞かないが、医者としては喜ばしいことだ」

温かい目で見つめられて照れ臭くなる。

「それと……あの、私のこと……そろそろ皆に打ち明けようと思うのです。どう思われますか?」
「そうだな……実はこの前も今日みたいに護衛を連れてきただろ?あれは誰かと色々と訊かれてね。私は直接会っていないし何も聞いていないから知らないと答えてある。私から話すのもどうかと思ってな」

「お気遣いありがとうございます。それにご迷惑をおかけしたみたいですいません。なら尚更、皆さんに事情を伝えようと思います」

「私がついて行こうか?」

「はい。でも事情は私から話します。もし皆さんが私の話を疑うようなら、その時は先生からもひとことお願いします」

私はまず保育所の方へ向かった。この時間は小さい子はお昼寝をしているので、皆は一階にいる筈だ。

「あれ、クリッシー、どうしたの?それに先生も」

そこには今日休みの人以外は全員揃っていた。中には私の知らない人もいる。私の代わりに陛下が手配してくれた人だろう。

「彼女から皆に話がある。聞いてやってくれ」

先生が前置きしてくれ、私が神妙な顔で近寄ってきたので、皆も緊張したのがわかった。

私は皆に私の本当の名前と身分を明かした。

「クリスティアーヌ?」
「え、リンドバルクって、あの、黒い馬に乗った?」
「軍の副官の?確か侯爵じゃなかった?」

ざわめきが皆から沸き上がり皆に頭を下げた。

「黙っていてすいません……騙すつもりもなかったけど、結果として皆さんに嘘を言っていました。最初から貴族だと言ったら皆さんに距離を置かれると思って」
「先生は最初から知っていたのですか?」

カミラさんが私の背後にいる先生に訊ねた。

「そうだ。それを言うなら私も同罪だな。ここを作る費用も彼女…侯爵夫人からの援助をもらった。手伝いたいと言う意向で皆が恐縮すると思い伏せていた」

皆から戸惑う空気が流れる。互いに顔を見合せ聞いた話にどう反応したらいいか考えている様子だ。

「それじゃあ、もうここには戻ってこないってこと?そりゃあ、侯爵夫人が子守りなんて旦那様も許す筈がないわね」
「そもそもなんで貴族の奥さまがここに?」

「私は出来ればここに今までみたいに来たいと思っています。でも、私がいることで皆さんが働きにくくなるなら、働くのは諦めますが引き続き援助は続けたいと考えています。今後は庭も色々と手を加えたいと思いますが、皆さんが私に腹を立ててここにはもう来てほしくないと言うなら」
「ちょっと待って、どうして腹を立てるとかそんなことに?」
「そうよ。ビックリしたけど確かに最初から侯爵夫人なんて言われたら、腰が引けてしまっただろうけど」

「でも、私は皆さんを騙して……」

困惑はしているが皆からは怒りは感じられない。嘘つき呼ばわりされるかと思ったのに、意外に淡白な反応だと思った。

「それは…始めから正直に向き合ってくれてなかった……信用してくれなかったのかと思う気持ちはありますよ。それに今いきなりそう言われて、どう接したらいいか……ねえ」

カミラが同意をするように皆に確認すると、皆が頷く。

「あの……侯爵夫人……僭越ながらよろしいでしょうか。ミアンと申します」

初めて見る女性だった。きっと陛下が手配してくれた人なのだろう。
恭しくお辞儀をされたので、今はこれが彼女たちの私に対する対応なのだろう。

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