政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
エピローグ
どこまでも抜けるような雲ひとつない青空が広がる。
夏の暑さもそろそろ翳りが見え、北の方はそろそろ紅葉が始まっている。

「奥様、お料理は全てお庭に運びいれました」

髪を結い上げてもらっている私に、外の様子を見に行っていたリリアンが告げた。

「ルイスレーンは?」

「玄関先でお待ちです」

「そう……お天気で良かったわ。料理は足りている?」

「大丈夫ですよ。料理長初め厨房の者も今日のために奥様と考えた料理を何度も練習してきましたし、作業は順調です」
「リリアン、あなたつまみ食いした?」

マリアンナに言われ、ぱっとリリアンが口許を押さえる。

「ど……どどどどどうして……」

「顎にソースが付いています」

「ふふ、おいしかった?」

「はい、とっても」

「奥様、甘やかしすぎです。つまみ食いなど品のない……」

マリアンナに睨まれ、リリアンがしゅんとなる。

「だって、とても美味しそうな匂いがして……」

「リリアン、そんなことをしなくてもあなたたちも招待客なんだから、後でいくらでも食べられるのに……」

「奥様、すいません」

「さあ、後はこのヴェールとティアラを付ければ完成です」

マリアンナが言い、私は鏡の中の自分を覗き込んだ。

うっすらと化粧をし、髪を複雑に編み込んで纏めた自分が写り込んでいる。

式の日からちょうど一年後の今日、私とルイスレーンの結婚披露宴を我が家の庭で行う。

結婚式は簡素なものだった。戦争中であったため、披露宴も執り行われなかったこともあり、ルイスレーンが提案してくれた。

招待客もルイスレーンの部隊の人たちやフォルトナー夫妻、ベイル夫妻に保育所や診療所の人々や子どもたち、イザベラさんたち慰問仲間、ギオーヴさんたちにマイセラ侯爵夫妻やカレンデゥラ侯爵夫妻も参列してくれる。
そして邸で働く人達も、給仕をしながらではあるが、招待していた。

この日私は結婚式に来たウェディングドレスを着て、人前結婚式を上げる。
結婚式の時に合わせたサイズは腰周りが緩くなっていたが、胸は逆にきつくなっていたので少々手直しをした。
保育所の子ども達がフラワーガールやリングボーイを務めることになっている。

その習慣はここではないらしく、とても珍しがられた。
リングボーイは一人で務めることもあるが、今回はひとつずつ指輪を乗せた台座を持って貰うことにしていた。

庭から子どもたちの声が聞こえる。準備のために少し早く来てもらっていたのだが、あんなにはしゃいで、本番までに疲れて寝てしまうのではと心配になる。

披露宴の食事は立食式で、メニューは料理長と私が考えた。

格式のある料理に加え、ルイスレーンの部下の方たちからの要望で肉汁たっぷりのパテを挟むバーガーをセルフ形式で提供する。
軍の公開模擬試合で私が用意したのだが、これが食欲旺盛な彼らに気に入られた。

後は色々なピンチョスにブルスケッタ。フルーツポンチに色々なデザート、シュークリームタワーも用意した。

「奥様、そろそろお客様がお集まりになります」

「ありがとうダレク」

白と黄色のバラで作ったブーケを持って、階段の上まで行くと、階段下でルイスレーンが待っていた。

上下白の軍服に身を包み、儀式用のサーベルを携えている。
ダークブロンドの髪は少し切り揃えて肩の下辺りの長さになり、ぴっちりと後ろに撫で付けられているが、ぱらりと額にひと房かかっている。

見上げる彼の瞳が眩しそうに細められる。

本当なら花婿が先に祭壇で待ち、花嫁が後から親族の男性と歩くのだが、既に司祭の執り行う式は済んでいるので、玄関先で二人で出迎えることになっていた。

ルイスレーンが階段を駆け上がり、手を取ってくれる。

「綺麗だ。今日の主役は間違いなく君だ」

誉められて頬を染めると、彼がヴェールを僅かに持ち上げ軽く唇にキスをする。

「ルイスレーン、ありがとう…今日のこと、とても嬉しいわ」

自分からもキスを返すとルイスレーンが優しく抱き締めてくれた。

「君のその笑顔が見られて私も嬉しい」

二人で抱き締めあっていると、ゴホンと後ろからダレクが咳払いした。

「最初のお客様が到着されたようです」

表に馬車の止まる音がして、慌てて階段を降りた。


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