政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません
第七章
昨日ルイスレーン様を乗せて王宮から戻ってきた馬車に今度は二人で乗り王宮に向かう。

これまで私が乗ってきたのは荷馬車(良く言えばオープンカー?)だったが、今夜は言うなればリムジンやロールスロイスのようなものだ。

豪華な布張りのされた内装に、馬車の揺れを感じさせないちょうどいい固さの座席。外装も漆黒の石に金箔で侯爵家の家紋が張られている。

微かに揺れる馬車の中で私はルイスレーン様と向かい合わせに座りながら、ちょうど鎖骨の下あたりにある首飾りについたサファイアを無意識に触っていた。
階段のところで中身を見せられ、ルイスレーン様の手で首飾りとイヤリングを付けて貰った。
付ける際にどうしても彼の指が素肌に触れて、妙に意識した。

「そのサファイアは、我が家の先祖が侯爵家に取り立てられた際に当時の国王陛下から賜った原石だ。イヤリングはそれを首飾りに加工する過程で削られた石で造られ、意匠はその時々の当主の好みでこれまで何回か作り替えられているらしい。代々当主の妻が身に付けてきたもので今の意匠は曾祖母が世嗣ぎを出産したことを祝って整えられたと聞いている」

「え!そんな由緒あるものだったのですか」

言うなればリンドバルグ家の家宝とも言える宝飾品が自分の首と耳を飾っていると聞いて、触っていた手を慌てて離した。

「所詮は多少値の張る鉱石だ。身に付ける者がいなければ金庫の奥に仕舞われているだけ。身に付けてこそ意義がある」

「そ、それはそうなのかもしれませんが……」

何億という高価な宝石をモデルや女優が身に付けてキャットウォークを歩くショーを見たことがある。
自分が今まさにそうしていることに怖じ気づく。
一番高価なのは中央に輝くサファイアだろうか、プラチナやダイヤモンドもふんだんに使われている。その価値は計り知れない。

「先に言っておくが……」

ルイスレーン様が話しかけ、俯いてサファイアを見下ろしていた私は彼の方に視線を移した。

「あなたと私の結婚に陛下が関わっていることは、一部の者しか知らないことだが、そのことを勘ぐる者もいる。あなたが王族の一員であることはその瞳の色を見れば、わかる者はわかるからな」

「私の瞳……」

金色の瞳は王族特有のものだとは聞いている。
血の濃さで言えば私は傍系も傍系。王位継承権など末端もいいところで、国を壊滅させるような大惨事か大量殺人でも起こらなければ王位など到底巡ってこない。
それでもなぜか私の瞳は血筋で最も濃い直系の陛下や殿下でも持ち合わせていないほど鮮やかな色をしている。

「きっかけは無論、陛下だ。陛下が私たちを引き合わせなければ今回の縁は恐らくなかった。普通にしていれば、あなたと私が出会う場は殆どなかっただろう」

仮にどこかですれ違ったとしても、しがない子爵令嬢とリンドバルク侯爵家当主では言葉を交わす機会すらなかったはずだ。

「言葉は悪いが、そのことだけを見れば私が陛下からの命令を受け入れ、出世のために陛下に恩を売ったと思う者もいるかもしれない」

それは私も思ったことだ。国王陛下から直接聞いていなければ今でもそう思っていたかもしれない。
良く知らない他人がそう勘ぐっても不思議ではない。

「だが私は誓ってあなたを娶ることで何の約束事も取り付けていないし、ましてや金銭など受け取ってもいない」

「わかりました。物質的な物のやりとりも、出世を約束するようなことは何一つされていないということですね」

なぜこの時にそれを言うのかわからなかったが、忠実な臣下であっても出世のために何かを画策するような方には思えない。

彼のことを信用するつもりで言ったが、彼は何故か憮然とした表情を返す。

「……違う」
「え?」
「いや、違わないのだが……私は陛下から何かを戴く代わりにあなたを妻にしたわけではないのは間違いないが、言いたいのはそういうことではなく………」
「ルイスレーン様が陛下から戴けるなにかを充てにしなくても十分権力も実力も財力もお持ちだからですよね。ご自分の実力で得たものにこそ価値を見出だされるということなのでしょうね。ご立派ですわ」

恵まれた容姿。約束された地位。財力もある。軍での実力は何の努力もしなかったとは言わないが、第二皇子の副官を勤められるだけの才覚が備わっていたということだ。

既に充分なものを持っていても、もっともっとと望む者もいる中で、彼は多くを望まず今あるもので満足できる部類の人だと思う。
それもある種の美徳と言えるかも知れない。

「あなたは……私を買い被りすぎだ。私はそんな立派な人間ではない。人並みに欲はある。ただ今回はあなたと私を結婚させるために、陛下が取引として何かを提示する必要がなかったからだ。仮に本当に陛下が何かを与えると言ったとしても、私は断っただろう」

ルイスレーン様の言葉は私には難しすぎた。
私と結婚することを承諾するため、彼は陛下から何かを賜るつもりはなかった。一国の王に恩を売るのだから、いっそのこと何か貰えばよかったのに、彼は何も必要ないと言う。

「私が……私が欲しかったのはお金でも権力でもない」

馬車のスピードが落ちた。
恐らく馬車を下りるための列に並んでいるのだとルイスレーン様が説明する。

誰かが誰かの名前を呼んでいる。
恐らく馬車から次々と降りる人達の名前を入り口で確認しているのだろう。
まだ少し遠い気がするので、もう少しこのまま乗っている必要がある。

「あなたはこの私が、ルイスレーン・リンドバルクが妻にと望んだからだ。誰に何を言われてもこのことだけは胸に刻んでいて欲しい」
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