おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!

第11話 宿敵ザカリーの娘 ※ラルフside

「ラルフ、マリネット嬢に失礼な態度を取ってるんだって?」
「……突然何を言うんだ、ロイド」

 幼馴染であり、同僚騎士であるロイド・クラインが突然食事中にマリネット・ザカリーの話題を振って来る。驚いて咳き込んだ俺は、側にあったカップの水を一気に飲み干した。

「話題にしただけで慌てて咳き込むくらいの存在?」
「やめろ。何かにつけてヴェルナー家にちょっかいだしてくる面倒なザカリー伯爵家の娘だから、丁寧に接する必要なんてないだろう」
「他の女性には興味も示さず完全に無視するくせに、マリネット嬢には色々と絡んでいくじゃないか。もしかしてラルフはマリネット嬢のことが気になっているのかと……」
「だから、その話はもうやめろ」

 王城の使用人用の食堂だ。誰に話を聞かれているか分からない。トレイに皿やカップを急いで重ね、俺は席を立った。楽しい休憩が、ロイドのせいで台無しだ。
 ちょっと待てよ、と俺を止めようとするロイドの声を無視して、俺は食堂の扉から外に出た。


◇ ◇ ◇

 王立学院を卒業し、騎士団に叙任を受けて、王立騎士団としてスタートを切ったのが今から四年前のこと。
 当時はまだ王太子殿下だったジーク国王陛下の二歳の誕生日をお祝いする夜会で、俺は初めての夜会警護の仕事に就いた。
 次々とやってくる貴族のご令息やご令嬢を冷めた目で眺めながら、夜会会場の端に立つ。

(ジーク殿下のお祝いの席でありながら、結局こいつらは自分の結婚相手を物色しに来ただけなんだろう)

 俺の予想通り、殿下へのお祝いもそこそこに、若い令息令嬢たちは会話やダンスに興じている。

――結局どの家もみんな同じだ。

 女性は政略結婚をし、自分の運命を結婚相手に委ねる。そこに自分の意思を通すという自由は存在しない。男性は男性で、いかに見栄えや家柄のよい女性を妻に迎えるかで争う。
 結婚相手の物色ばかりで王家への忠誠心など微塵も感じられないその夜会会場にはいたくなくて、俺はふてくされて外に向かった。

 すると会場の灯りがわずかに届くほどのほの暗いテラスの端で、若い男女が話をしているところに遭遇した。

「マリネット嬢、私と婚約して頂けませんでしょうか」
「え?! 私とですか? シャドラン辺境伯様、なぜ突然……」

 男性の方は、フランツ・シャドラン辺境伯。そして女性の方が、我がヴェルナー家の宿敵ザカリー家の娘マリネット・ザカリーのようだ。

 おいおい、一世一代のプロポーズを受けるにしてはムードがなさすぎなんじゃないか? 俺はすっとんきょうな声を上げたザカリー家ご令嬢の顔を一目見て置こうと、そっと距離を詰める。

「お父様のザカリー伯爵には話を通してあります。マリネット嬢を、我がシャドラン家へ妻としてお迎えしたい。シャドラン家とザカリー家で協力し、共にヴェルナー侯爵家の台頭を阻みましょう」

 意外なところでヴェルナーの名前が出てきたことで、ますます二人の会話に興味が湧いて来た。
 我がヴェルナー家を敵と思うザカリー伯爵家とシャドラン辺境伯が、婚姻によって同盟を結ぶわけだ。くだらなすぎて反吐が出る。

「……私は、ヴェルナー侯爵家を追い落とそうとは思っておりません」
「どういうことですか? ザカリー伯爵様は、ヴェルナー侯爵家をなんとしてでも失脚させたいと」
「我がザカリー家とヴェルナー家との対立は、祖父の代での私情が原因です。そんな些末な出来事のために、メデル王国の忠臣たちの間に波風を起こしたくありません。シャドラン辺境伯様を巻き込んでしまい大変申し訳ないのですが、もしそれが目的の婚約ということでしたら、この件はお忘れください。父には、私のワガママで勝手にお断りしたと伝えておきます」

 マリネット・ザカリーは、年のころは十五、六だろうか。社交界に出たばかりの若いご令嬢を家同士の諍いに巻き込んだ挙句、家に都合のよい結婚相手をあてがうなど。話に聞いてはいたが、ザカリー伯爵家は相当なクズの集まりのようだ。
 
(この国にも、こういう強い意志を持ったご令嬢がいたのか……)

 婚約の話をはっきりと断ったマリネット・ザカリーの言葉に、思わず感心してしまった。広間の中で結婚相手を物色している若者たちに、爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。

 シャドラン辺境伯は少し間を置いて答える。

「……マリネット嬢。お気持ちは分かりました。ですが、ヴェルナー侯爵家のことは抜きにしても、私はマリネット嬢のことをお慕いしているのです。どうか、私の恋心を叶えては頂けませんか」
「シャドラン辺境伯様……」

――ああ、この男もとんでもないクズだった。
 こんな若く世間知らずなご令嬢に対して「お慕いしている」なんて言葉をかけたら、婚約に応じるに決まっているじゃないか。

 実際、マリネット・ザカリーは自分のホテル両頬に手を当て、彼の求婚に対しての喜びの感情を噛みしめているようだった。

「私のことを、お好きだと……?」
「はい、マリネット嬢のことをお慕いしております。愛しています」

 結局、彼女は辺境伯の婚約の申し出をその場で快諾した。
 シャドラン辺境伯はマリネットの手を握り、二人で手を繋いで会場に戻って行く。しっかりとお互いの手を握って歩く二人は、心から愛し合う恋人同士にも見えた。


 ――しかし、その四か月後。

 マリネットは、シャドラン辺境伯に嫁ぐために領地に向かったのだが、領地に到着した直後、『別の女性との間に子ができた』という理由で、シャドラン辺境伯から一方的に婚約破棄されたらしい。
 お腹の大きな恋人と対面させられ、マリネット・ザカリーは花嫁衣装に身を包んだまま、泣きながら王都へ戻ってきたそうだ。
 それ以降、彼女は一切社交界に姿を見せることは無かった。

 ザカリー伯爵家の娘が酷い目にあったらしい、と面白おかしく夕食時の話題にするヴェルナーの家にも嫌気が差した。

『どうやらあの後、ザカリーの娘は男性恐怖症になって引きこもっているらしいぞ』
『相手が家族であっても触れることすらできないそうよ』

 世間には知られていないそんな秘密を楽しそうに話す家族とは関わりたくもない。俺は王太子殿下の護衛騎士となったことを口実に、王城に部屋を借りて家族と距離を置いた。

 あれから何年経っただろうか。
 なまじ二人の姿を夜会で見かけてしまったことで、彼女のことがずっと頭から離れない。
 ヴェルナー家とザカリー家の諍いを些末な出来事だと言ってのけた芯の強い女性が、婚約破棄のあと何年も引きこもっているのだ。どれだけ大きな心の傷を受けたのだろうかと、ずっと気にかかっていた。

 その彼女が、突然ジーク国王陛下の教育係として応募してきた。彼女は学院の成績が素晴らしかっただけでなく、提出された論文や教育計画案もとても洗練された内容だった。
 きっと外国の書物なども取り寄せてしっかりと情報収集し、自分の頭で考え抜いたものだろう。彼女らしい内容だと感心し、彼女を教育係のパートナーとして、ヒルデ殿下に推薦した。

 しかしマリネットにとって、俺は宿敵ヴェルナー家の人間。
 彼女自身は家同士の諍いには興味がなさそうだったが、実際にザカリー伯爵と彼女を目の前にするとどう接したらいいのか分からず、ついつい冷たく接してしまった。

――『ラルフ様はずっと不機嫌だし、私のこといつも睨んでくるじゃないですか!』

 皮肉なことに、俺への怒りの気持ちが彼女がここで頑張る原動力になっているようにも見えて、ますますどう接したらいいのか分からなくなっていく。

 そんな中、ジーク国王陛下から「ぎゅーをしろ」だの「手を繋げ」だの、マリネットにとって苦痛とも言える命令が降ってきた。

 その場で、「そんなことはできません」と断ることだってできた。しかし、それを聞いたマリネットが、また自分のことを拒絶されたと感じたらどうする? シャドラン辺境伯から受けたあの仕打ちを、思い出してしまうんじゃないか?

 かと言って、ジーク様の前でいきなり手を繋ぎ、その場で失神することも避けたい。せっかく一大決心をして外の世界に出て来た彼女が、教育係を解雇されるなんてことがあったら。
 彼女は二度と、屋敷から出て来ないかもしれない。

 色々と迷った挙句、俺がたどりついた結論。
 それは、『事前に手を繋ぐ練習をする』、という変態めいた案だった。
 案の定マリネットは引いていたが、彼女が男性恐怖症だという噂も本当かどうか分からない。事前に確かめたって損はない。

――変態扱いされてもいい、事前にマリネットを誘おう。

 自分が変態に成り下がることも厭わず、一日中彼女のことを考えている時点で、俺は彼女に惹かれているのだということを、自分で認めざるを得ない。
 彼女のために手を繋ぐ練習をするなんて言っておきながら、本当は俺が彼女に触れたいだけなのかもしれない。
< 11 / 48 >

この作品をシェア

pagetop